一般の検査結果以外でがん患者さんの予後を予想する研究が米国の超一流のがん専門病院で行われています。
関連論文の中で死期を予想するために、なんと死亡の三日前のほうれい線の深さを調べるという、突飛な内容の研究を見つけました。
本記事の内容
死期が近づくとほうれい線が目立たなくなるとの医学論文発見❗
この論文と画像を見たら、「ばっかじゃないの、入れ歯外しているだっけだったりして」と思いました。
論文のタイトルは「A diagnostic model for impending death in cancer patients: Preliminary report」(Cancer. 2015 Nov 1;121 (21) :3914-21.)、意訳すれば「がん患者の死相」です。
しかし、掲載されている医学専門誌「Cancer」は権威あるものであると評価されているものであり、著者を見て私は卑屈になってしまいました。
筆頭執筆者らの所属や経歴を調べてみると、一般の方には馴染みがなくてもがん治療の専門家には最高峰のがん治療・がん研究施設としてしられる米国のMDアンダーソンがんセンター(正式にはUniversity of Texas MD Anderson Cancer Center)ではありませんか。このMDアンダーソンに関しては私は非常に卑屈かつコンプレックスを抱いているのです(詳細はおまけを読んでね)。
ほうれい線で死期を悟るというか予想をする研究は興味深いのでどこかツッコミどころが無いかを、私の人生で唯一のコンプレックスを抱かせたMDアンダーソンの研究者達の論文を根堀葉掘りしてみます。
ほうれい線を目立たないようにすれば寿命は短くなるの?
当院五本木クリニックは泌尿器科を中心とした保険診療と自由診療である美容外科・美容皮膚科を併設しています。美容関係でほうれい線に関する相談は患者さんの悩みのベスト3に入っています。
ほうれい線が目立たなくなることが、死の前兆であるならば、ほうれい線をくっきりはっきり維持すれば、死をまぬがれるのかもしれません。
私は衝撃的なほうれい線が目立たなくなった場合、三日以内の死亡率が94%❗との研究を元にして「医学論文が明らかにした!死にたくなければ、ほうれい線を目立たせなさい❗」なんて感じの一般向け書籍を出そうと、一瞬のダークサイドに落ちかけてしまいました(ウソだよ)。
ほうれい線と死期に関する必要条件と十分条件
論理的思考を行う上で、必要十分条件という定義がありますあります。確か中学の数学で「命題」というのを習うときに出てきたはずです。必要十分条件はこのような考え方をするものです。
「私は東京に住んでいる」は「私は日本に住んでいる」ことにもなります。しかし「私は日本に住んでいる」は「私は東京に住んでいる」ことにはなりませんよね。
十分条件:私が東京に住んでいることは、私が日本に住んでいること
必要条件:私が日本に住んでいることは、私が東京に住んでいることの
これが十分条件と必要条件の定義です。必要十分条件という言葉もあります。理屈っぽく上記の例で説明すると
必要十分条件:「私は東京に住んでいる」が正しい(「真」と呼びます)。「私は日本に住んでいる」が正しい(真)。この場合、「私は日本に住んでいる」は「私は日本に住んでいる」であるための必要十分条件になります。
ほうれい線と死期に関して必要十分条件を考えてみましょう。
十分条件:ほうれい線が目立たなくなると三日以内に死亡する
必要条件:三日以内に死亡する人はほうれい線が目立たなくなる
必要十分条件であるためには、「ほうれい線が目立たなくなると三日以内に死亡する」が真であり、「三日以内に死亡する人はほうれい線が目立たない」も真でないと成り立ちません。
ほうれい線が目立たなくなると三日以内に死亡する、は必要十分条件を満たしていません。そりゃそうだよね、当院美容部で「ほうれい線の治療をするわ」といって三日後に亡くなった方はいませんから。
因果関係や原因と結果、あるいは原因と結果が因果関係なのか相関関係などかを判断するときに、必要条件・十分条件・そして必要十分条件について、ちょっと取り入れてみるのも論理的な思考を行うためには役立つと思いますよ。
そもそも、なぜほうれい線と死期の研究をしたのだろう?
そもそもこの研究者たちは以前から、死ぬ前の兆候に関して研究を重ねてきています。
例えば
「Bedside clinical signs associated with impending death in patients with advanced cancer: preliminary findings of a prospective, longitudinal cohort study」(Cancer . 2015 Mar 15;121 (6) :960-7. )⋯がん患者さんが亡くなる3日以内の身体的兆候を調べています。
「A diagnostic model for impending death in cancer patients: Preliminary report」⋯これでは緩和ケア中の予期せぬ死に関連する因子を調べています。
「Variations in vital signs in the last days of life in patients with advanced cancer」(J Pain Symptom Manage. 2014 Oct;48 (4) :510-7.)⋯死の寸前数日間のバイタルサインの変化、つまり心拍数・血圧・呼吸数・酸素飽和度・体温についてデータを検証しています。
この研究者たちは、緩和ケアを中心に医療に携わっっているようです。肉親・友人の死に目に会えなかった家族らのことを考えている、詳細な血液検査やバイタルサイン以外の兆候を見出そうとしたことが、多数の論文から窺い知ることができます。
さすがMDアンダーソン、がん治療だけではなく緩和治療、そして家族・友人のことまでトータルに研究をしてより良い、そして効果のある医学的・人道的に有効な研究をしているのですね(まあ、がん患者さんを立たせてほうれい線の画像を記録する手法に関しては、ちょっと問題がありそうですけど)。
おまけ:私がMDアンダーソンで経験した黒歴史
私は泌尿器科に入局した時点で留学するならMDアンダーソンと決めていました。当時、MDアンダーソンに留学経験がある先輩は皆無。多分、日本人でもほとんどいなかったと思います。教授・助教授の後押しで、留学の下見がてらにMDアンダーソンにノコノコ出かけて、当時最先端であったインターロイキンの腎癌に対する研究結果をMDアンダーソンの錚々たるメンバーの前でプレゼンしたのですが⋯MDアンダーソンの腎がんチームのぺいぺいスタッフが、「あっ、それうちで数年前に50例は検証済だよ、あはははっ」的なあしらいをされちまいました。
横浜市立大学泌尿器科が総動員して研究したインターロイキンの症例は10にも満たないもの。慣れない英語でのプレゼン、圧倒的症例を誇るMDアンダーソン、「Dr.Kuwamitsu、ぜひMDアンダーソンで研究を続けてくれ❗」なんてことを言われるんじゃなかと期待していたのに⋯。私は夜逃げ状態でヒューストンを後にしました。医局にもその件を伝える勇気がなく、数ヶ月間米国を彷徨って帰国したという黒歴史があるため、MDアンダーソンに関しては卑屈かつコンプレックスをいまだに持ち続けています。