素朴な疑問です、本当に福島で子供の甲状腺がんが増えているのでしょうか?
これは素朴な疑問であり、記事を批判しているのではないことをご承知ください。
本記事の内容
福島における「甲状腺がん」をめぐる議論を
2017年4月19日に鎌田實さんの署名入り記事でこのようなものがJapan Business Pressに掲載されていました。
鎌田實さんはテレビとかマスメディアで有名な医師で諏訪中央病院院長(現在は名誉院長)として地域医療に多大な貢献をされた尊敬するべき方です。チェルノブイリの原発事故の際も被害者の治療に協力した、机上の空論ではない実践型の医師として認識しています。
鎌田先生のお書きになった「福島県で急速に増え始めた小児甲状腺がん」とタイトルされた記事を読んでいくつか疑問点があるので、みなさんと一緒に考えていただけたらと思います。私が間違っている可能性もありますが、こんな考え方もできるんじゃないのと捉えていただけるといいです。
福島の子供に甲状腺がんが急増⋯元々の発症率ってどのくらいなんでしょうか?
病気が増えている、減っていると判断するには基準となるデータが必要です。
福島県の県民健康調査検討委員会のデータによると、「甲状腺がんまたはその疑い」の子供が183人。そのうち145人にがんの確定診断が下っている。 確定診断はないが、がんの疑いで手術や検査を待っている子が、さらに38人いると解釈できる。さらに3巡目の検診が行われている。まだまだ増えるということだ。
福島県で急速に増え始めた小児甲状腺がん
36万から38万人の子供の健康状態を調べて、そのうち甲状腺がんあるいは甲状腺がん疑いとされた人が183人いたということです。その後手術をして確定診断された人が合計145人います。これが国立がんセンターが予想している数値とおおきくかけ離れた結果となっているとのこと。
しかし、今までのデータベースにある小児の甲状腺がんは何かしらの症状があって発見されたものであり、福島県で行われているようなスクリーニング検査ではありません。例えばこのような資料があります。福島県と福島県外でスクリーニング検査を比較した場合、目立った差はなかったのです。
となるとベースとなる発症率が必要となりますが、スクリーニング検査によってどれだけの数の子供の甲状腺がんが見つかるか?という確からしいデータは知られていません。
正常と判定されたのに数年で甲状腺がんになる?
前掲記事ではこのようなことが語られています。
大事なポイントはここ。2巡目の検査で「甲状腺がんまたは疑い」とされた子供は68人の中に、1巡目の検査で「A判定」とされた子供62人が含まれているということだ
福島県で急速に増え始めた小児甲状腺がん
一回目の検査で正常と判定されたのに、二回目の検査で甲状腺がんあるいは甲状腺がん疑いと診断された人が62人もいるとのことです。第一回目の検査は2011年から2013年、二回目は2014年から2015年に行われていますので、正常と診断されたのに数年でがんあるいはがん疑いとされた子供が多いことに注目しています。甲状腺がんの成長はゆっくりであるとされているのに、これは確かに不思議な結果です。
今回福島で行われた検査はスクリーニング検査です。スクリーニング検査ですから、症状が出るようになる前のがんを見つけることになります。
日本における甲状腺がんのデータベースは症状が現れてから医療機関を受診したものですから、基準となるデータにはなり得ないことになります。
つまり、スクリーニングで発見される微小ながんが医療機関を受診するまでどのくらいの期間を経て成長するのか明確なデータ自体がないのです。
甲状腺がんのスクリーニング検査のデータを誰も知らない
甲状腺がん以外の病気で亡くなった方を解剖した場合のデータとしてこのようなものを見つけました「Occult carcinoma of the thyroid. A systematic autopsy study from Spain of two series performed with two different methods」(Cancer. 1993 Jun 15;71 (12) :4022-9.)。
この論文によれば22パーセントの方の甲状腺からがんが検出されています。この甲状腺がん細胞がどの時点で作られたのか⋯これは誰も知らないのです。
「日本のスクリーニングは精度が高い。検診をしたために見つかった可能性が高い。スクリーニング効果の可能性がある」と言うのだ。 「ただし⋯」とユーリー・デミチクは言い出した。 「2巡目の検査で、がんが16人見つかっていることは気にかかる。今後さらに、がんやがんの疑いのある子供が増えてくれば、スクリーニング効果とは言い切れなくなる」
福島県で急速に増え始めた小児甲状腺がん
鎌田さんの友人であるベラルーシの甲状腺学の専門家はこのように語っています。一見スクリーニング効果を排除した納得のいく発言の後の「スクリーニング効果とは言い切れなくなる」に対してこのような考え方もできます。
ここからはあくまで仮定です。甲状腺のスクリーニング検査は超音波検査(エコー検査)によって行われています。医療機器はどんどん進化して精度が上がっていますので、一回目の検査と2回目の検査が違う超音波診断装置が使われていたら、結果は違ったものになります。また、エコー検査による診断は検査をする医師によっても違ってくる可能性もあります。また、検査する側が流れ業的に検査する場合と「今度こそ見つけるぞ」と検査する場合、違いがあるかもしれません。
福島原発被曝について、これから大切なこと
福島の原発事故は子供の甲状腺がんと因果関係はない、と結論付けることは私は否定します。だって、基礎となるデータ自体がないのですから。となると、因果関係はないので検診自体を縮小するという動きがあることは良くないです。
その一方で過剰診断に続き過剰な治療⋯甲状腺がんの場合は必要のない手術をすることを意味します。前立腺がんはPSAという腫瘍マーカーがあり、早期の前立腺がんを発見することができます。前立腺がんも甲状腺がんと同じように成長はかなり遅く、そのがん自体が患者さんの生命を左右しない場合もあり、病理診断の悪性度判定の結界によっては監視療法という積極的な治療をしない選択肢が標準医療となっています。
原発、そして子供のがんという非常に悩ましい問題、どうすればいいのか⋯だからこそ鎌田先生のような影響力の大きな方がお書きになった記事に対して素朴な疑問を皆さんで考えていただきたいのです。
関連ブログ:福島で子供に「甲状腺がん」が発見された、という記事は冷静に考える必要があります この記事が最終的な答えだと考えます → 「医師の知識と良心は、患者の健康を守るために捧げられる」――福島の甲状腺検査をめぐる倫理的問題 大阪大学・髙野徹氏インタビュー(https://synodos.jp/fukushima_report/21604) 2018年2月22日追記