ニセ医学がはびこる理由⋯プラシーボ効果ってこんなに凄いからねえ。

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私が子供の頃は21世紀になれば多くの病気が治療可能になる、って予想があったような記憶があります。

実際に医師になって大学病院勤務時代にそんな生易しい予想は自分が生きている間には無理、って感じました。しかし、新たな海外のがん治療の報告などを目にすると「今度こそ、けっこう行けるんじゃない」と思いつつ、実際に治療を開始すると、日本中から、やっぱり治療効果はこのレベルなんだ、という結果が集まってきました。

ニセ医学でがんも治っちゃう⁉

新しい治療法はどんどん研究・開発されてはいるのですが、夢のようながん治療は現在においては認知されていません。

しかーし、「夢のがん治療」「画期的ながん治療」という表現をとった、標準治療とはかけ離れた治療法を選択している医師及び患者さんがいます。一見画期的な治療法、意外な治療法と思われるものが、なぜスタンダードな医学を学び診療にあたっている医師から冷たい視線を浴びるのか、その大きな原因として「プラシーボ効果」があります。

「Placebo」⋯医療従事者は「プラシーボ」じゃなくて「プラセボ」と呼ぶことが多いのですが、プラシーボ効果は全く効き目のない偽薬を投与しても、ある程度の治療効果が認められる現象を指します。

このプラセボ効果がどれだけ効果があるのかが理解できる、夢のようながん治療薬の使用例として次に述べるようなことが実際に起きていたのです。

がん細胞がどんどん消え去る「クレビオゼン」というがん治療薬

「がんが消える」「免疫力でがん細胞が消え去った」「がんが消える食べ物」という感じのタイトルの一般図書、あるいは医療機関の広告文を目にしない日はありません。

ニセ医学ウォッチャーの間では有名な「クレビオゼン」というがん治療薬に関するトンデモ話があります。この投稿は「プラシーボ効果(プラセボ効果)」の凄さを表しています(「Psychological Variables In Human Cancer」というタイトルで1957年に掲載 J Proj Tech. 1957 Dec;21 (4) :331-40)。

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マイクロフィルム状態で保存されているんでしょう、多分(https://www.ncbi.nlm.nih.gov/pubmed/13492241より)。

夢のがん治療薬と思い込んだら、こんなに凄い効果が⋯プラシーボです

ネット上で「クレビオゼン」で検索すると、夢のがん治療薬を信じ込んでいる方のサイトが検索結果として現れます。その方達は一次ソースを調べる努力を怠っているようで、私が前傾したレポートの原文を明記したものは見つけることができませんでした。プラセボ効果の凄さを示すこの記事の内容は以下のようになっています。

米国ロングビーチで末期症状を迎えた悪性リンパ腫(がんの一種です)の患者さんがいました。その患者さんは体はリンパ腫だらけでしたが、担当したPhilip West医師に新聞の記事でその病院で開発中のKrebiozen(クレビオゼン)というがんの特効薬を知り、自分の治療に使って欲しいと希望しました(West医師はもう手の施しようがないと判断していたにも拘らず)。患者さんの熱意にほだされたWest医師は、このクレビオゼンを金曜日に注射しました。

すると、なんと月曜日には、その悪性リンパ腫の患者さんは周囲の人にジョークを言うくらいに回復していたのです。自覚症状が回復しただけではありません、体中のリンパ腫が半分ほどの大きさに減少していたのです⋯まさに、みるみるうちにがん細胞が消失、って感じです。10日後には、ついに退院となりました。

ところが悪性リンパ腫のその患者さんは退院後にクレビオゼンが全く効果がない、と言う新聞記事を目にしたそうです。完治したと思われたがん細胞は再発して、急速に元の末期的な状態に陥りました。

再度担当医となったWest医師は患者さんに、クレビオゼンが効果がないとの報道は間違っていると告げたのです。今度は精製された以前と比較して二倍の効果があるクレビオゼンを治療に使おうと提案して、治療を開始しました。すると胸水まで溜まっていたその患者さんはみるみる回復しました。

がんが治ったと思っていた患者さんですが、またまた新聞の新しい医療記事を目にしました。そこにはAmerican Medical Association (AMA 米国医師会)がクレビオゼンは全く効果がない、と表明したことが書かれていました。そして、その患者さんは数日後に亡くなりました。

信じ込むことで、信じられない効果を生み出すプラシーボ

ちょっと作り話的な症例報告ですし、一次ソース自体が古いのでPubMed(アメリカ国立医学図書館が運営する医学系のデータベース)で検索してもアブストラクトさえ出てきません。

プラセボあるはプラシーボって、信じ込んでしまった人には信じられないような効果を発揮するのです。取り上げたWest医師の行動は今では下手すりゃ訴訟ものであり、倫理的に許されないものです。

しかし、このようなプラセボ効果があることを知っていながら、医師が積極的にがん患者さんに「画期的な夢の治療」を提供している医療機関が現時点の日本おいて放置されています。さらに悪いことに医師側も標準医療では全く効果が認められない治療法をなぜか信じ込んで、その治療法を信者さんとも呼べる状態のがん患者さんに積極的に行なっています。

プラセボでも効果がありゃいいじゃん的な解釈もあるかと思われます。しかし、統計学的に効果のあると判断された治療は、必ずプラセボ効果の治療成績を上回ります。がん治療に対しては標準医療に勝る民間医療あるいは、特異な治療方法はありせん。医学は信じるものは救われる、ではいけないのです。

著者プロフィール

桑満おさむ(医師)


このブログ記事を書いた医師:桑満おさむ(Osamu Kuwamitsu, M.D.)

1986年横浜市立大学医学部卒業後、同大医学部病院泌尿器科勤務を経て、1997年に東京都目黒区に五本木クリニックを開院。

医学情報を、難解な医学論文をエビデンスとしつつも誰にでもわかるようにやさしく紹介していきます。

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