健康診断や人間ドックでおしっこの検査があるのに、いざとなった出ない、そんな経験をした人は少なくないようです。
おしっこは、みなさんが考えている以上に健康状態を知ることができる貴重な情報源です。患者さんにつらい思いをさせないで簡単に採取できる点も尿検査が多用される理由なのです。
健康診断や人間ドックで、そんな貴重な情報源を提出できないことに焦りまくった場合の対処方法を泌尿器科医である私が論文等を参考に考えてみました。
本記事の内容
尿検査でおしっこが出ないときの対処を考えてみます
健康診断や人間ドックで、「じゃあ、最初に尿の検査をします」と言われて検尿カップを手渡されて、「やべっ、さっきしちゃった」と思った方も少なくないのでは。頻尿が主訴なのに検尿をお願いすると、おしっこがでなくなってしまうことも泌尿器科では稀ではないことは以前お伝えしました。
「しらべぇ」によると医療機関で検尿時におっしこが出ないという経験をした人は24.4%もいるそうです⋯約4人にひとりが経験者。
「しらべぇ」にもそんな時の対応・対処・対策方法が書かれていますけど、おしっこのプロである泌尿器科医的には素人考えの域を超えないものに感じられます。
医療機関で、「おしっこをお願いします」と言われて、いざ、おしっこをしようとしても出ないときの対応方法を伝授しますね。
検尿でおしっこが出ないから、飲み物をガブガブ飲むのはNG?
おしっこは身体の多くの状態を教えてくれます。一般的な健康診断だと、尿糖・潜血・尿蛋白の3つを調べることが多いようです。
私のクリニックで使用している尿検査用のウロペーパーでは、ウロビリノーゲン・潜血・蛋白・ブドウ糖・ケトン体・ビリルビン・亜硝酸塩・比重・白血球・PHを調べるようにしています(もちろん肉眼で濁り等もチェックします)。
もしも、検尿時におしっこが出ないからといって、糖分を含む飲み物をガブガブ飲むと、尿糖がプラスで糖尿病の疑い、なんて診断をされかねません。
水やミネラルウォーターなら良いんじゃない?と考えるのも素人判断
水ならたくさん飲んでも問題がないと考えてしまうかもしれません。何がよくないかいいますと、糖分が含まれていなくても水の負荷によって排出されたおしっこは濃縮が十分でなく、比重が低くなってしまい、腎機能の一部に問題あり、と診断されてしまうことも無くは無いからです(普通は比重まで検査しないけどね)。さらに、おしっこがなかなか出ないと焦って大量の水分を急激に摂取すると、水中毒というかなり危険な状態になる可能性も高齢者の場合は否定できません。
ガブガブ水分を摂取しても、なぜかおしっこが出ない、というかなり焦った状況になると不思議と尿意はさらに遠ざかってしまったりします。
コーヒーなどのカフェインを含む飲み物でおしっこは出るか?
「コーヒーを飲むとおしっこが近くなっちゃうのよね〜」との話を耳にします。コーヒーに含まれるカフェインに利尿効果あるから、と解説している記事も多いのですが、常識とも言えるカフェイン利尿効果説の真贋は微妙なんです。
海外、特に米国でカフェイン入り飲料水が身体に悪いのでは、下手すりゃ脱水状態にしてしまうのでは無いかという論争が過去にありました。その結果、カフェインを含む飲料水を飲んでも尿量は増えないよ!と常識を覆す研究結果が得られているのです。
「Caffeine ingestion and fluid balance: a review」[1](PMID: 19774754)という論文では1996年から2002年までに書かれた医学論文を選び出して、通常の飲み物に含まれるカフェインでは尿量の増加は認められなかった、との結論を導きだしています。
さらに「Fluid, electrolyte, and renal indices of hydration during 11 days of controlled caffeine consumption」(PMID: 16131696)では、カフェインが腎機能に与える影響を調べて、カフェインが利尿効果を発揮するという一般的に受け入れられている常識に疑問を投げかけています。
尿検査前に水をガブガブがNGなら、少量のコーヒー(もちろん砂糖抜きね)で尿意を促しおしっこを出そうとの作戦は検査結果に大きな影響は与えないとしても、検査前におしっこを強制的に出そうとすることに恩恵は与えない可能性が高いと考えられます。
おしっこのプロである泌尿器科医が秘密の方法を伝授します
素人さんは身体の水分を腎臓が濾過して膀胱におしっことして貯留、そして尿意があればトイレに入れば、おしっこが自然と出ることに何も疑問を抱かないで、全く意識しないで毎日の生活に取り入れていますよね。
ところが私たち泌尿器科を受診する患者さんは、思うようにおしっこがでなかったり、おしっこが勝手に出ちゃったり、おしっこに関して深刻な問題を抱えて来院されます。
おしっこ自体、たまったら出るという単純な仕組みに思えますが、実はとっても複雑なメカニズムなのです。ですからおしっこのトラブルは複雑に連携したシステム上のトラブルと器質的なトラブルがお互いに影響しあっている場合も少なくありません。
事故や生まれつきの障害によって脊髄に問題があると、自分でおしっこを出すことができなくなることがあります。自然排尿ができない時に排尿を促す方法として「Tapping(タッピング)」があります。
例えば赤ちゃんや小児のおしっこを採取したくても、「おしっこをしてね」といってそう簡単に応じてくれる小児やあかちゃんがいるわけないですよね。そこで登場するのがタッピングというテクニックです。
このタッピングは排尿の複雑なシステムのうち、仙髄より上位の脊髄の損傷(核上型損傷)が原因である場合にも使用されます。大脳などの上位の神経支配の影響を受けないで排尿反射の亢進を促す方法がタッピングです。
例えば、「Evaluation of the Bladder Stimulation Technique to Collect Midstream Urine in Infants in a Pediatric Emergency Department」[2](PLoS One. 2016; 11 (3) : e0152598.)という論文では、乳児の中間尿を採取するために、タッピングを行ったところ55.6%で上手に採尿ができたことを報告しています。
このタッピングをマスターするにはそれなりのトレーニングが必要となるため、素人さんが医療機関での検尿時におしっこが出ないからといって、そう簡単にできるものでは無いかもしれません。
前もって尿検査のために自宅で尿を採取して持参してもらうという方法も考えられます⋯しかし、これはNGである場合もあります。例えば尿中に悪い細胞、多くはがん細胞が混じり込んでいないかを調べる尿細胞診と呼ばれる検査があります。おしっこをしてから時間が経過した尿だと、細胞が変性するために正しい検査結果が得られなくなってしまうからです。
健康診断や人間ドックの尿検査でおしっこが出ないという非常事態に対応する唯一の方法は、出るまで待つ、残念ながらこれが正しい方法であると言えるようです。
参考文献
- Maughan RJ, Griffin J. Caffeine ingestion and fluid balance: a review. J Hum Nutr Diet. 2003 Dec;16(6):411-20. doi: 10.1046/j.1365-277x.2003.00477.x. PMID: 19774754.
- Tran A, Fortier C, Giovannini-Chami L, Demonchy D, Caci H, Desmontils J, Montaudie-Dumas I, Bensaïd R, Haas H, Berard E. Evaluation of the Bladder Stimulation Technique to Collect Midstream Urine in Infants in a Pediatric Emergency Department. PLoS One. 2016 Mar 31;11(3):e0152598. doi: 10.1371/journal.pone.0152598. PMID: 27031953; PMCID: PMC4816310.
- Altuntas N, Tayfur AC, Kocak M, Razi HC, Akkurt S. Midstream clean-catch urine collection in newborns: a randomized controlled study. Eur J Pediatr. 2015 May;174(5):577-82. doi: 10.1007/s00431-014-2434-z. Epub 2014 Oct 17. PMID: 25319844.