人間の遺伝子(ヒトゲノム)を世界中の研究者を動員して解読できたのは2003年です。思ったより少ない3万個(現在は間違いが修正され2万程度)という遺伝情報に関係者は驚きました。
遺伝子情報は即医療でも使用されるようになり、今では個人個人が将来的に発症するであろう病気のリスクを予想することが可能になっています。ここで注意をしなければならない点は遺伝子と発病のリスクがあっても必ず発病するわけではない❗ことです。
本記事の内容
将来の病気の発症を予測する遺伝子検査、医師自身はどのように考えているのか?
医療従事者向けのウェブサイト(医療従事者以外は見られません)で個人向け遺伝子検査をについての調査が掲載されています。
医師で遺伝子検査を自分で受けていた人は6.8パーセント
だったのです。
遺伝子検査を受けない理由として以下のような普通の人と変わりがないじゃん的な意見が出ています。
- 検査で病気のリスクを知っても、不安要素の方が大きい
- いやな運命は知りたくない
- 検査所が究極の遺伝子情報を漏洩しないか不安
実は患者さんが遺伝子検査を行った場合、医師側として困難な局面に立たされる場合もあるので、興味本位の遺伝子検査に積極的ではない医師も多いのです。その理由は
治療方法や予防方法が確立していない病気の遺伝子検査をしても意味がない
からなのです。
一部の疾患については遺伝子検査が病気の発症を予想して、発病を予防していることは間違いありません、例えばアンジェリーナ・ジョリーの予防的な乳房切除(これについても異論・反論はあります)などです。
興味本位の遺伝子検査はいかがなものか?
高血圧は減塩指導が基本中の基本です。しかし、いくら減塩しても血圧が下がらない人もいるのです。それは遺伝子が関連していると考えられますので、例えば遺伝子検査をして「あなたはいくら減塩しても血圧は下がりません。だから薬を中心として治療しましょう」と日常の診療において遺伝子検査の利点もあることは間違いありません。
細胞を老化させる「テロメア」を測定する検査があります。このテロメアが短いと肥満になりやすい、心疾患になりやすい、と解釈されています。じゃあ、短くなったテロメアをどう工夫すれば長くなるのか?について明確にはなっていません。間違いなくテロメアは歳をとればとるほど短くなります。生活習慣の違いはテロメアの長さの変化に影響を与えます。
でも、具体的にテロメアを長くする、あるいは短くさせない方法は確立されていません。
対処法が確立されていない遺伝子検査は意味がない
という意見もこのような考え方から出てきてしまうのです。
遺伝子検査は受けた人の行動に影響を与えるか?
遺伝子検査が検査を受けた人の心理面・行動面について調べた研究があります。「Effect of direct-to-consumer genomewide profiling to assess disease risk.」(N Engl J Med. 2011 Feb 10;364 (6) :524-34. )。この研究によれば遺伝子検査を受ける前と受けた後で心理的不安面、脂肪摂取量、運動について有意な変化はなかった、とのことです。
積極的に健康診断や検診を受けてもらいことを推進するために、計画された研究と読み取りましたが、検診の受診率は変化がなかった、ということもわかっています。
遺伝子検査をしても簡単に人の行動は変わらない
ってことになります。
そりゃそうですよね、喫煙が肺がんのリスクになっていることが十分知られていても、スモーカーは様々な理由をつけて喫煙を庇いますし、禁煙に踏み込めない人がいますから。
遺伝子検査ビジネスの問題点⋯あのグーグルも怒られた⁉
米国のFDAが遺伝子検査ビジネスに問題ありとして、販売中止命令を出したことがあります。「23andMe (23アンドミー)」というグーグルが出資している遺伝子検査会社に対して、診断精度に問題があると判断しての販売中止命令でした⋯その後、「ブルーム症候群」という稀な遺伝性の疾患に対しての検査キットの販売は認められました。現在でもは遺伝子分析結果を伝えるだけであり、具体的な対応策やアドバイスを行うものではありませんので、健康に対するリスクは自分自身でしなければなりません。
遺伝子検査ビジネスはこんな勢いで拡大していくと思われます。遺伝子検査の結果を見せられても対応に難儀する医師が続出することも多いに考えられます。
遺伝子検査での安易な健康リスク判定は危険です
ある病気の遺伝子があったとしてもその遺伝情報のスイッチが生涯にわたってオンにならない場合があります。無視しても良いレベルの検査結果であっても心理的に不安を抱えながら、生活をしなければなりません。多くの遺伝子解析の結果と多数の臨床データ・疫学データが結びついて初めて将来の病気に関するリスクの関係が明らかになるのです。そのためには生活習慣・社会環境・既往歴・家族の病歴など多数の影響する因子を考えながら判断しなければならないはずです。
遺伝子検査はこれから研究を重ねていかなければならない分野であり、どんな疾患でも遺伝子検査で発病リスクが判明する、と受け止めている人も多いのではないでしょうか?ちなみに日本では遺伝子ビジネスに対して、厚生労働省が検討会を設置して来年の夏ごろに報告書をまとめる予定ですので、興味本位に遺伝子検査をするのは少々お待ちくださいませ。