自閉症で悩んでいるご両親を対象とした、インチキ医学治療がなされていて、それに対して放送作家であり東京自閉症協会・日本自閉症スペクトラム学会の会員である高橋秀樹さんが猛烈に怒っています⋯
本記事の内容
自閉症をキレート治療で治すという嘘
高橋秀樹さんがBLOGOSというサイトにでこんな記事を投稿されました。
『発達障害を治す』(大森隆史著・幻冬舎・2014.9)。この本はタイトルに「治す」とあったので、一抹の不安があって、本を購入した。一読して不安は的中した。
『発達障害を治す』には、発達障害の発症の原因が「遺伝子多型と環境的な要因の相乗作用」と書いてある。ここまでは、問題がないだろう。ところが先に読み進むと、この「環境的な要因の相乗作用」の原因物質としてあげられるのが「水銀」なのである。これはアウトだ。
自閉症が水銀で発症するというのは「証明されていない」
全くの正論を高橋さんは述べているのです。
しかし、この記事が掲載されているBLOGOS自体(2022年5月末でサービス終了)が医療関係者の目に留まる機会も少ないと思います。私は専門外ですが「水銀」を含むインフルエンザワクチンが自閉症の原因となるなどという医学的根拠に乏しい理由により「インフルエンザワクチン否定派」を構成する一派に対しての批判をブログ上で繰り返していますので(関連エントリー インフルエンザ予防接種ワクチンは打たない派の方へ、など)微力ながら高橋さんをバックアップさせていただきます。対象となっている書籍「発達障害を治す」(大森隆史著・幻冬舎・2014.9)の著者の大森医師の考えは自閉症の原因は水銀であるという医学的な論文ではほとんど否定されている特殊な説をあたかも定説であるかのように述べながら、治療としてあのデトックス効果をねらったキレート治療、キレーション療法に誘導するという手法です(関連エントリー デトックスのウソとホント デトックスで毒素を排出しよう!ってそもそも毒素ってなんだい?)。
大森医師は保険治療の対象外であるキレート治療によって自閉症を治すことができると著書で述べており、藁をも掴む気持ちの親御さんにキレーションを奨めるという方式との著作です。米国ではこのキレート治療(キレーションとも呼ばれる)で5歳の自閉症児が死亡しています(http://www.lookingupautism.org/Articles/Chelation.html)。
本来ならば精神発達学の領域に詳しい医療関係者が反論を述べる必要があるでしょうけど、権威は大森医師のような全く医学的ではない、科学的ではないトンデモ的な主張には面と向かって相手にしないのです、というか目にも触れないことでしょう。
そもそも自閉症の原因が水銀なんでしょうか?
だれでも耳にしたことがあると思われる「自閉症」です。しかし、この自閉症という病気・病態は専門外である一般の医師でも明確に診断基準を述べることは不可能です。まず、多くの方が間違ったイメージを抱いているのが、自閉症っていうと引きこもりがちな自分の殻に閉じこもった状態の子供ですが、重要なことは自閉症は心の病ではありませんということです。決して親御さんの教育の仕方、育てた環境が原因ではないのです。脳の発達にともなった障害であり、残念ながら発症の原因は明らかになっていません。自閉症の診断基準には”Diagnostic and Statistical Manual of Mental Disorders (DSM-Ⅳ-TR) という米国で作られたものが使用されます。12の診断基準があり
- 対人的相互反応の質的な障害
- 意志伝達の質的な障害
- 限定された活動や興味
の3つに大きく別けられています。自閉症と診断するには、この3つのカテゴリーから合計で6つ以上、そのうち少なくとも1から2つ、2・3から1つずつの基準を満たしていることが必要です。単一の症状から自閉症と診断することは不可能であり、自閉症スペクトラムとい考え方をすることが多いようです。
まず一番大切な考え方は自閉症のお子さんをもった親御さんは自分を責めないこと、なのです。しかし、少しでも症状を良くしようと思うのが自然な親心でもありますので、この親の子へ対する気持ちを利用したのが大森医師の著作である、という言い方もできます。
ワクチンの防腐剤である水銀は自閉症の原因ではありません
一昔前予防接種に使用されるワクチンの防腐剤として使用される水銀が自閉症の原因ではないか、という議論が欧米を中心に盛り上がった時期がありました。その後の多くの研究によって水銀が自閉症の原因であることは否定されていますのでデトックス効果があると主張されているキレーションで水銀を除去しても、自閉症に対しては全くなんの効果もあるはずがないのです。高橋さんは述べています。
『発達障害を治す』には、発達障害の発症の原因が「遺伝子多型と環境的な要因の相乗作用」と書いてある。ここまでは、問題がないだろう。ところが先に読み進むと、この「環境的な要因の相乗作用」の原因物質としてあげられるのが「水銀」なのである。これはアウトだ。
はい、全くそのとおりです。インフルエンザワクチンに含まれるチメロサール(水銀を含む)によって「ワクチン害毒説」を唱えている人も残念ながら医師なんです(関連エントリー わかりやすく解説します、インフルエンザ予防接種の効果)。
デトックス効果のあるキレート治療は医学的・科学的な手法で効果は証明されていない
高橋さんはこのようにのべています。
これに対しても「自閉症児者を家族に持つ医師・歯科医師の会」は、
「キレート『治療』の効果については、これを実践している家族と推奨しているごく一部の学者による主観的評価であり、(発達障害のひとつである)自閉症の治癒もしくは症状改善の評価基準はきわめて曖昧である。仮に症状が改善したとしても、キレート剤投与による症状改善なのか、それとも個々の成長による症状改善なのか、似通った症状を持った自閉症児においてキレート剤を投与した群としなかった群での比較検討はなされたのかなど学術的・医学的な疑問が残ります。キレート剤投与は副作用が大きく、副作用を上回るほどの自閉症の症状改善効果が証明できない限り、治療ではなくまだ研究レベルであり、私たちはこれを推奨できません。」としている。統制群(対照する群)のない、ずさんな研究は科学ではない。
この話を判りやすく解説しますと、キレート治療は全くランダム化比較試験(RCT:Randomized Controlled Trial)が行なわれていないということです。同様の症状・重症度をもつ自閉症の患者さんを二つのグループにランダムに別けます。一方のグループはキレート治療を行い、もう一方のグループはキレート治療を行ないません。
この二つのグループを治療後比較して、治療したグループが明らかに統計学的に自閉症の症状が改善していたら、キレート治療効果あり、と判定できるのです。しかし、大森医師はこんな基本的なことを考えに入れないで(キレート治療が効果があるという医学的・科学的・統計学的に肯定された論文はありません)、あるのかないのか判らない毒素をデトックス治療(キレート治療)で改善する、と述べているわけです。つまりキレート治療で自閉症が改善する、ということは全く証明されていないわけになります。ですから高橋さんは
『発達障害を治す』とは、発達障害の何を「治す」というのだろうか。
このように述べているのです。
存在しない原因を効果が証明されていない方法で治してしまう、治療効果さえ全く判定不可能
エボラ出血熱の感染を拡大させている原因の一つである、西アフリカの呪術師の考え方と「発達障害を治す」の大森隆史医師は全く同レベルであると考て差し支えありません。
『発達障害を治す』という本は藁をもすがる思いの自閉症児をもつ親御さんに、沈むことがわかりきっている藁を差し伸べるだけに悪質です。