誤診の被害にあわない方法 医療ミスの一つ「誤診」について⋯木を見て森を見ず

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開業医歴18年目に入ってきた私ですが、誤診って何で起こるんろうと考えてしまうことが最近多くなってきます。

命に関わる誤診は医療過誤の訴訟でマスメディアに取り上げられます。些細な誤診って毎日のように経験しています。

医療ミスのうち誤診はなぜ起こるんだろう

人間の脳の構造や動きを脳科学者と称する人が多くテレビなどに登場しますが、医療ミスの一つ「誤診」に対して「脳がもともとそのような構造になってるから」との発言を聞いたことはありません。「誤診」を庇うわけではないのですが、

私は人間の脳の構造は「木を見て森を見ず」的になっている

ことも大きな原因ではないか、と考えています.

下の写真をみてください。白いTシャツと黒いTシャツを着た男女がバスケットボールをパスしています。

The_Invisible_Gorilla__And_Other_Ways_Our_Intuitions_Deceive_Us

http://www.theinvisiblegorilla.com/videos.htmlより

ここで質問「白いTシャツグループは何回パスをするでしょう」。実際に数えてみてください。

[youtube]https://www.youtube.com/watch?v=vJG698U2Mvo&list=PLB228A1652CD49370[/youtube]

さあ、白シャツチームは何回パスをしました?パスの回数なんでどうでも良いんです。彼らがパスを繰り返す途中に

ゴリラの着ぐるみが登場してきたことに気づきましたか?

selective_attention_test_-_YouTube

複雑に入れ替わる白Tシャツチームと黒Tシャツグループの映像から「白グループのパスを数えてください」と言われるとかなりの確率で登場して来る着ぐるみゴリラに気がつかない、ということが起きてしまうんです。

「木を見て森を見ず」的なことってほとんどの人が引っかかってしまう現象とも言えます。

私が経験した明らかな誤診の例⋯まさに「木を見て森を見ず」

医療ミス過誤として医療訴訟にはならなかったものですが、私が実際に体験した「木を見て森を見ず」現象をお伝えします

ベテラン皮膚科が犯した思い込み

東京の某有名病院に以前、週に一回泌尿器科の外来を担当していたことがあります。そのとき皮膚科から「右の背中が痛いという患者さんがいる。以前、尿管結石になったので見て欲しい」との連絡があり、私が診察担当になりました。泌尿器科ですから、必ず尿検査をします。

その結果「潜血陽性」つまり、石が尿路系にあり、背中の痛みですので、皮膚科医の言うように尿管結石の疑いが大です。尿管結石の特徴は「インターバルがある激痛」なのですが(関連エントリー)、その患者さんはここ数日ずーっと背中が痛い、とのことです。

結石が原因となって水腎症になっていては大変なので超音波診断の為にエコーのプローベを当てるために、うつぶせになっていただき、さあ検査、と思った段階で驚いてしまいました。右の背中一面に水泡が多数できているのです。

診断名は「右即腹部の帯状疱疹」でした。帯状疱疹は痛みを伴い、中には長年に渡って後遺症として神経痛を残す病気です。なぜこのようなことが起きてしまったのでしょうか?この患者さんはベテラン皮膚科にアトピー性皮膚炎で長年通院していました。

今では以前よりかなり落ち着いた病状だったので「最近どうですか」「お陰さまで落ち着いています」との会話がなされ、「右の背中が痛いんですけど」との主張に「以前、尿管結石をやっているんで、その再発かもね」という流れで、私の泌尿器科外来に回ってきたのです。

皮膚科専門医であり、アトピーの権威でもあるベテラン医師の頭の中には「俺は皮膚科専門医だ、さらにアトピー性皮膚炎の権威だ」「ここは大病院であり、自分は皮膚科のプロフェッショナルだから皮膚科領域以外は他の科の専門家にまかそう」という思考回路がこびり付いていたのです。この患者さんに対して「これ帯状疱疹だから、また皮膚科に戻ってください」とは言えなかったので、帯状疱疹用の薬を処方して、「次回は泌尿器科を受診するまえに、皮膚科の主治医を受診して」と伝えました。

看護師に知られてたら皮膚科ベテラン医師の権威は一気に谷底に、と考えた私は院内電話で「先生、なんか石じゃなくて、背中に痛みを伴う水泡が多数あったんで帯状疱疹だと考え、バルトレックス処方しておきました」という大人の会話をしました。翌週の私の泌尿器外来にはベテラン医師の非公式的な手紙とケーキが届いていました。

腎臓って右と左一個ずつあるんですが、反対側の腎臓を取りそうになった経験

これはまだ私が医師になって数年後の、ぺいぺいの時代です。腎臓摘出術は側臥位と呼ばれれる皆さんが横になってテレビを見る様な姿勢で行なわれます。切除する側の腎臓を上にして他の部分は感染を防ぐ為にドレープと呼ばれる布で覆われ、患部だけに穴が開いていて、そこの皮膚を切って腎臓を取り出します。

大学病院ともなれば教授を筆頭としてベテラン医師はイザ皮膚切開という場面にならないと手術室には登場しません(カッコつけているわけではなく、本当に教授の仕事って多忙なんです)。今回の腎がんの患者さんは右にがん組織が見つかっています。さあ、皮膚を切って手術開始、って時に新入り看護師が手術室に貼られたその患者さんのレントゲン写真を落としてしまったのです。その新入り看護師さんがそのレントゲン写真を拾い上げシャーカステン(レントゲン写真を見る機器)に再度貼付けたとき

「先生、腎がんは右ですよね、今術野に出ているのは左なんですけど」

一同、完璧に凍り付きました。研修医が手術前に早めに出勤して、今まで撮影したレントゲン写真をシャーカステンに並べ、先輩医師の登場を待ち構えていました。手術担当をする教授は手術の準備が完璧に整ってからの登場であり、レントゲン写真を除き込むことをしないで、皮膚に切開を入れる寸前に、おっちょこちょいの看護師がレントゲン写真を落とし、拾い上げたときに右を表す「R」の文字再度にある赤の色鉛筆でマーキングされた、右腎臓に気づいたのです。

術前の患者さんの体位を作るのは看護師とぺいぺい医師です。彼らのだれが今回の大事件寸前の事故を起こしたか?もある程度問題ですが、教授・ベテラン医師が数秒でいいので、事前に撮影されたX線写真を確認しておけばこんなことは起こらなかったのです。全身麻酔でくにゃくにゃになった腎がんの患者さんを皆で持ち上げて右側臥位(右が下)から、左側臥位に体位変換をして無事に手術は終了しました。

恥ずかしながら私の出身大学は「患者さん取り違い手術」をその10数年後に引き起こし、大事件としてメディアに取り上げられました。

思い込み、専門バカが増えている今の医師の現状

将来泌尿器科医を目指していても、内科や皮膚科もある程度診察できるように現在では研修医の制度も変わってきます。以前なんか、いきなり泌尿器に入局したために血圧の計り方をしらなかった医師・採血の仕方を知らなかった医師、筋肉注射の仕方を知らなかった医師を実際に目撃しています。これらの検査や処置は看護師に任せっきりで自分は泌尿器科の領域の病気さえ診ていればいい、というシステムとその医師の志の問題です。朝食前の血液データを知りたいのでが出勤時間前なので、当直の看護師に任せっぱなしというシステムの病院も多かったのです。

今、日本の医療は専門性を高めた専門医、スペシャリストの育成となんでも取りあえずは広く浅く診られる総合医、かかりつけ医機能の両者が求められています。

私なんかは泌尿器が専門ですが、皮膚科も見ますし、当然カゼや血圧などの内科も見ます。老眼が強くなる前は美容医療の為のレーザーや手術もこなしてきました。採血・注射は今でも自分で行なっています(人件費節約の為ではありませんよ)。

医師の労働時間がブラック企業並みであるといわれています。でも注射をしながら患者さんの腕を触って、血圧を計って、喉を除くのは泌尿器科の守備範囲を越えているという考え方もありますが、そのような診療態度は「木を見て森を見ず」を防ぐ効果は大きいのです。

若手医師の皆さん、貴方が白衣を着て颯爽と病院内を闊歩していると、患者さんは「あの医師は心臓の専門だ」「泌尿器が専門だ」なんて思いませんって。

白衣をきている=医師=病気を治してくれる

という図式が患者さんの頭を支配しているはずです。私の場合は友人・知人に何科をやっているの?と尋ねられた場合「専門は泌尿器だけど、地元密着で開業しているからなんでも診ているよ」と自信をもって答えています。もちろん自分の力量を越えている病気の場合は躊躇しないで大病院の専門医を紹介していますけど。

医師は人を診る仕事です、人間の体は各器官が必ずお互いに影響を与えています、決して「木を見て森を見ず」だと、誤診を引き起こし患者さんに対して多大な負担、時には取り返しのない負担を与えてしまいますので、患者さんが診察室に入ってきたとき、せめて電子カルテから目を離して患者さんの顔色、入って来る時の様子まで逐一見るよう心がけて診察に臨むって単純なことが実はかなり重要なんですよ。

今回取り上げた「ゴリラ」の実験ですが、これ以外の様々な人間の錯覚について読みやすく書いてある「錯覚の科学」 (文春文庫) 著者 クリストファー チャブリス、ダニエル シモンズにも書かれています。この実験によって彼らはあのドクター中松も受賞した「イグノーベル賞」を貰っていますが、楽しい為になる話がてんこもりの良書です。残念ながら電子書籍はないので、紙の本になりますけど、紙の本の方が頭に入りやすいという実験も有りますので(関連エントリー)ぜひ一読ください。

この医者、木を見て森を見ず、だな?錯覚に陥っているな?なんて見方をしてドンドン医師にプレッシャーをかけてください、そのプレッシャーが良医を育てることになりますから。

著者プロフィール

桑満おさむ(医師)


このブログ記事を書いた医師:桑満おさむ(Osamu Kuwamitsu, M.D.)

1986年横浜市立大学医学部卒業後、同大医学部病院泌尿器科勤務を経て、1997年に東京都目黒区に五本木クリニックを開院。

医学情報を、難解な医学論文をエビデンスとしつつも誰にでもわかるようにやさしく紹介していきます。

桑満おさむ医師のプロフィール詳細

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