ボトックスといえば美容医療でシワを消す治療ですが、2020年4月より泌尿器の治療でもボトックス注射が保険適用されるようになりました。
具体的には過活動膀胱に対するボツリヌス毒素膀胱壁内注入療法が標準医療として認められたのです。
過活動膀胱というのは突然トイレに行きたくなり、我慢が難しい尿意切迫感や我慢できずにお漏らししてしまう切迫性尿失禁、何回もトイレにいく頻尿といった症状です。これは、誰もが年齢を重ねていくと、悩まされる可能性が高いとても身近な症状です。
この過活動膀胱の治療は薬で症状を抑える薬物療法が基本なのですが、治療薬の種類が多いのです。どうしてもクスリとの相性の問題がでてきます。効果がなければ他のクスリ、副作用が強ければ別のクスリ、もしくは2種類組み合わせたりと。そこで新たな治療方法の選択肢として保険適用内でできるボツリヌス毒素を膀胱壁に注入する治療方法を泌尿器科医として是非とも多くの人に知っていただきたい、というお話です。
本記事の内容
ボトックスが頻尿の治療に有効
当院では私は保険診療の泌尿器科を担当していて、専属の医師が自由診療部門として美容皮膚科も標榜しています。泌尿器と美容、かなりかけ離れた診療科目と一般には解釈されていると思います。
ところが美容系の医療でめちゃくちゃポピュラーになった治療方法の一つとしてボトックス注射による「シワ消し」があります。そのボトックス注射を使うことによって、日本中で800万人はいるのではと言われている過活動膀胱の治療がとうとう日本でも保険適用となりました。
いつもTwitterいじったり、おちゃらけたブログばっかり書いていて暇人だな、と悪口を言われている私ですが、休日には真面目な医師向けの教科書の執筆もしているんだぞ❗
著作権とか複雑な話がでてくるとマズいので、モザイクかけました。
medicina (メディチーナ) 2020年 増刊号 特集 早わかり診療ガイドライン「過活動膀胱」。医療関係者で興味のある方はamazonで買えます。
この本でもさらっと書いたのが、過活動膀胱の治療として欧米では標準治療の一つとなっているのがボツリヌス毒素膀胱壁内注入療法です。
私は基本的に保険適用となっている治療が標準治療であり、ある意味では検証に検証が重ねられて多くの専門家のお墨付き的な治療が標準治療である、との立ち位置です。泌尿器科を専門としない他科の医師向けに書いた医学専門誌でボトックス注射は過活動膀胱に対して効果的なんだけど、日本で保険治療できないじゃん、と書いちゃうところも、これまた私らしい味を醸し出しています。
このボトックス注射を使ったボツリヌス毒素膀胱壁内注入療法がとうとう日本でも標準治療の仲間入りができ、2020年4月から保険収載されました(健康保険で治療できるようになった)。
美容部門ではボトックス注射は長年の経験が当院では蓄積されています。泌尿器科を標榜して開業して20年以上が経過して、大学病院や大病院の泌尿器科医も当院の保険診療を手伝ってくれています。
ボトックスなら五本木クリニックだよね、と言ってもらえるようなブランディング確立という壮大な妄想がかなり含まれた目的のために、泌尿器科領域でのボトックス注射について紹介しますね。
同じボトックスでも、ボツリヌス毒素膀胱壁内注入療法で使うボトックス注射と美容で使うボトックス注射は違います
ボトックス注射はボトックスと呼ばれるボツリヌス菌の毒素を無害化したものが原料となっています。ボトックス製剤の効果はざっくり表現すると、過剰に反応している筋肉を収縮させる神経を緩めることです。
ボトックス注射の薬剤
ボトックス注射の薬剤ですが、美容医療で使用されるのはアラガン社が販売している「ボトックスビスタ」です。一方の過活動膀胱の治療で使用されるのは「ボトックス注用50単位」、「ボトックス注用100単位」です。
実はこれ両者ともにA型ボツリヌス毒素を製剤化したものであって、中身はまるっきり一緒。でも、美容で使用する「ボトックスビスタ」を過活動膀胱の治療にしようすることは禁じられていますし、その逆で「ボトックス注用50単位」、「ボトックス注用100単位」を美容領域で使用することもNGです。
過活動膀胱で使用する「ボトックス注用50単位」、「ボトックス注用100単位」はグラクソ・スミスクラインが日本では販売しています。
世界中では標準治療化されていたボトックス注射による過活動膀胱の治療はなぜか日本では保険診療の対象になっていませんでした。
私が前掲の早わかり診療ガイドラインの過活動膀胱の章を書いたのが2019年11月、ボトックス注射をつかった過活動膀胱の治療が保険診療でOKになったのが、2020年4月からですから、私の訴えを厚生労働省が聞き入れてくれた❗って勘違いはしないでね(そんなワケないじゃん)。
以前から、日本排尿機能学会はボトックス注射が過活動膀胱や神経因性膀胱に対して有効な治療である、だから保険診療を認めてほしい、と強く強く直訴していたのです。
ボトックス注射は他の症状、例えば眼瞼痙攣 ・顔面痙攣・上肢や下肢痙縮・原発性腋窩多汗症に対しては保険治療が可能でした。安全性に関して十分知見が得られているのに、なぜか泌尿器科領域の病気である過活動膀胱には厚生労働省は承認・認可を渋っていました。
厚生労働省が承認・認可を渋った理由
声は大にはできませんが、こっそり私のブログの愛読者にはお伝えしますね。
話はかれこれ10年近く前になります。ボトックス注射が過活動膀胱の治療に有効であるかについて、某大学病院が治験をおこなったそーです。その治験の結果、あまり思わしい効果が出なかった、つまり過活動膀胱の治療にボトックス注射は効果がない可能性が高い、との風説が泌尿器科医の間を駆け巡りました。
泌尿器科医ってそれまでボトックス注射を患者さんに使用した経験はほとんど無いはずです。そこである泌尿器科医が素朴な疑問を呈しました。「ボトックスの注射の仕方が間違っているんじゃないの」⋯その医師はたまたまボトックス注射を美容領域で使用した経験があったのです(これ、絶対に勘違いしないでね、私じゃないよ)。他の大学で今度は女性医師が中心となって、ボトックス注射による過活動膀胱の治験を開始しました。その結果、ボトックス注射って過活動膀胱の症状を軽減する効果があるじゃん、ってことになったのです。
上記の画像は私の内緒話との関連性に関してはノーコメント。
ボトックス注射を使用しての過活動膀胱の症状軽減は泌尿器科医だったら誰でも簡単にできるわけでは無いという点にご注意くださいね。
過活動膀胱を薬だけで治すのには限界があるのが現実
当院を受診している過活動膀胱の患者さんの数は地域でトップクラスです。過活動膀胱の患者さんが当院では多いことを明確にしたエビデンスを提示せよ、と言われら困っちゃいますけど。
過活動膀胱の治療薬は10種類以上と数が多いのですが代表的なものは6種類あります。そのうちの2種類は目黒区の処方量No.1が当院です。さらにその中のひとつは港区、品川区、目黒区、大田区の4区いわゆる城南地域で当院がトップです。素直じゃない人はここで「それだけ大量に過活動膀胱の薬を処方している、過活動膀胱の患者さんが通院している、ってことは治ってないからじゃん」とdisってくるでしょうね。
でもねえ、過活動膀胱って主に老化現象のひとつだから、治るってわけじゃなくて、症状を抑えることが中心になるんだよなあ。
そんな返答をすると素直じゃない人は「老化現象なんだから、自然の流れ。治療すること無いじゃん」とこりゃまたいやーな絡み方をしてくると予想します。
あのねえ、夜間におしっこに行く回数は健康寿命に反比例するし、老化現象といってもね、過活動膀胱の患者さんは本当に深刻に悩んでいるんですよ。
気になるボトックス注射による過活動膀胱の治療成績
グラクソ・スミスクラインの「ボトックス注用50単位」、「ボトックス注用100単位」が保険を使った治療の対象は、
既存治療で効果不十分又は既存治療が適さない過活動膀胱における尿意切迫感、頻尿及び切迫性尿失禁、既存治療で効果不十分又は既存治療が適さない神経因性膀胱による尿失禁
グラクソ・スミスクライン
と添付文書では制限されています。
さらに、先ほど申し上げたとおり、泌尿器科医であれば、誰でもボトックス注射で過活動膀胱が治療できるわけではありません。資格とか実技の実習を受ける必要があります。
さらにさらに、治療するごとに患者さんを登録して、薬剤の廃棄まで書類に残す必要があります。
過活動膀胱のボトックス注射治療の成績
気になる治療成績は以下のようになっています。
過活動膀胱の主な症状である、尿失禁回数・尿意切迫感・頻尿・切迫性尿失禁はプラセボ群と比較して大きく改善していることがわかりますよね。
複数の処方薬が現在過活動膀胱の治療に使用されています。しかし、全ての患者さんに効いているか、との質問を受けた場合、「みなさん、症状が改善していますよ!」と強気で返答できる泌尿器科医は少ないはずです(そんなヤツいたら変だよ)。
過活動膀胱を放置することは良い選択肢ではありません。健康寿命にも関わっていますし、生活の質にも強く関わっているからです。飲む薬だけで過活動膀胱の症状が軽減しない方は、一度ボトックス注射による過活動膀胱の治療もご検討ください。
過活動膀胱を放置することは良い選択肢ではありません。健康寿命にも関わっていますし、生活の質にも強く関わっているからです。飲む薬だけで過活動膀胱の症状が軽減しない方は、一度ボトックス注射による過活動膀胱の治療もご検討ください。