医師が医療ド素人のライターの記事を一方的に批判するのは弱い者いじめになってしまう可能性があります。最近見かけたアエラ(AERAdot.)の記事は、自分で考えることを恐れているのかのような内容であり、どのような資料をもとに記事を書き上げたのか不思議なものです。
本記事の内容
検証するためのデータはどこから引っ張り出してきたのか?
例えばパーセンテージを求めるときは分母と分子が必要となることは小学生でも知っています。その分母が何を持って分母であり、分子はどのようなデータをもとにしたものであるかは誰でも気になるはずです。
そのような単純な懐疑心さえ抱かないで、ここ数年間対立を深めていた何でもかんでも検査しちゃえ派と検査は必要に応じて行おう派の問題を語ってしまって良いのでしょうか?
このアエラのへんてこりんな記事を書いたライターさんに医学知識が無いことを批判するべきではなく、「なんでここで少しばかり自分の頭で考えなかったんだろう」「自分の頭で考えることを放棄してしまったのだろうか?」なんてことを感じてしまいました。
検査数が足りないと言うけど、一次ソースは何???
この記者さんの主張は検査数が足りない、もっと検査できる体制をとれ!だと読み取れます。しかーし、
足りない足りないと言っている検査数の元のデータはどこから得たのが原典が不明!
なのです。
日本の人口1千人あたりの検査数(7日間平均、2月下旬)は1.32件。米国3.03件、英国10.93件、オーストリア58.59件などと比べても先進国最低レベル。
https://dot.asahi.com/aera/2022031100012.html?page=1
さらに分母となる検査数が明確ではなけば、陽性率も当然導き出すことは不可能なのに、
東京都の陽性率は35.2%(3月2日現在)。世界保健機関(WHO)は各国が感染拡大をコントロールできているかの基準の一つに「陽性率5%未満が2週間続いている」を挙げるが、遠く及ばない。
https://dot.asahi.com/aera/2022031100012.html?page=1
と記事に書いています。
検査数や陽性率に関してはさまざまなデータが飛び交っています。ア・プリオリライターさんは未経験とはいえ、初めて遭遇する数字に対してなーんも疑問を抱かないで、今回の記事を仕上げてしまったようです。
私が知る限りで感染抑制状態とは「感染者数が2週間続けて減少し、ウイルス検査の陽性率が5%未満」は米国疾病対策センター(CDC)だと思うんです。
the federal Centers for Disease Control and Prevention (CDC) recommended benchmarks for doing so, such as a 14-day drop in cases and less than 5% of tests coming back positive for the virus.
https://www.bbc.com/news/world-us-canada-53337483
WHOは「感染抑制状態は陽性率が3-12%くらい維持」と言っていたような気がするんだよなあ(https://www.who.int/docs/default-source/coronaviruse/transcripts/who-audio-emergencies-coronavirus-press-conference-full-30mar2020.pdf?sfvrsn=6b68bc4a_2)。
東京都が発表している「検査実施件数」(https://stopcovid19.metro.tokyo.lg.jp/cards/number-of-tested/)は、当院でもおこなっている発熱外来における行政検査について抗原検査・PCR検査の総数も東京都に報告します。
一方でモニタリング的に都内の高齢者施設やピックアップされた412医療機関における定期検査における陽性率も東京都は公表しています。2022年3月の結果は検査数3717219件、陽性は4820件ですから陽性率は0.13%です。十分に感染は抑制されているとも考えられます。
3月の中旬だけで3717219件ですから、東京都の人口を14000万人として計算しても累積であっても26%を対象とした膨大な検査数ということになりますよね(もちろん定点観測なので同じ人を複数回検査しての結果だけど)。
検査数が足りないとおっしゃるライターさんは何を根拠としてこのような記事を書き上げたのでしょうか?
ちなみに2022年3月15日の検査総数は14590件、陽性者数は7863人。WHOが推奨する陽性率5%未満には程遠い結果になっていますが、WHOの言いたいことを考えると前掲の高齢者施設などを母集団としたモニタリングにおける陽性率0.13%に注目するべきなんじゃないの!!
まあ、何でもかんでも「検査体制の整備を怠ってきた証拠」と結論していますが、ファクト以前にオピニオンが先行するライターさんですからねえ。
検査数が多ければ感染者や死亡者は減るわけではない
とにかく無闇矢鱈と検査をすることが善いことであるかのような記事です。
- 米国・・・3.03件
- 英国・・・10.93件
- オーストラリア・・・58.59件
- 日本・・・1.32件
日本における人口あたりの検査数の少なさを問題視しているようですが、人口100万人あたりの死亡者数は「worldometers」のデータによれば、
- 米国・・・13.6人
- 英国・・・10.8人
- オーストラリア・・・5.5人
- 日本・・・9.1人
ですから、検査数が多ければ死亡者数を減らすことにはならないことは明らかです。
そもそも立川相互病院の先生のお話である検査キット不足の一因として不要な検査が増加していることなどに関してはこのライターさんは考えもしなかったのでしょうか?
ちなみに細々と当院では発熱外来を設置して行政検査を行なっていますが、ざっくりのところ検査陽性率が50%を切ったことはありませんし、この日のように陽性率が90%以上のことも経験しています。
実は陽性率が100%の日もあったんだけどねえ・・・。
どのような集団を対象として検査をするかによって検査の陽性率は大きく違ってきます。症状が出ている人を対象にすれば陽性率は高くなるでしょうし、無症状の人々を対象に検査をすれば当然陽性率は低くなります。
どちらにしても検査数が多ければ死亡者数を低下させることを強く示したエビデンスは無いですし、検査数が多ければ感染を抑え込めると考える真っ当な医師も私は友人・知人が少ないためかもしれませんが存じ上げません。
それもそのはず、医療統計の常識として検査前確率(有病率や罹患率)が高ければ高いほど陽性的中率は高くなりますし、逆にいえば検査前確率が低ければ低いほど陽性的中率が低くなります。
モニタリングの陽性率と有症状者の検査のどちらをもとにして、検査希望者に対応できないような整備をしてこなかった政府や自治体に文句を言いたかったのでしょうか?当然、先にオピニオンありきの記事であり、パーセンテージを求める元のデータさえあやふやな記事を恥ずかしげもなく納めてしまうライターさんの今後の動向が気になります。
検査キット不足を招いた科学的思考を放棄した人気取り政策の弊害
細々と行っている当院の発熱外来でも実際に2022年に入って極端な検査キット不足に見舞われました。
自治体の長の中には「いつでも、どこでも、どなたでもお気軽に検査を」的にセルフの抗原検査キットを買い占めた政治家さえいました。
当院は契約している検査会社のご助力によってPCRキット不足は回避することができて、どうにかこうにか山場を超えることが可能でした。
後日抗原検査キットに関しては東京都の在庫に余裕がある会社を教えてくれたために現在は必要なのにキット不足状態は回避できております。
ポンコツ記事を書かないための心得
知らないことや興味があることは、まずは素直に学び、少々の懐疑心を持って一次ソースにあたる、疑問があればネットで調べる・・・この作業によってフェイクを排除することができ、正しい情報を伝えることが、ライターさんの仕事の一つなんじゃないんでしょうか?とかく批判の多い朝日系メディアと考えられているアエラですから、編集長もしっかり事実、特に主張することを支持するデータに関しては慎重に取り扱いチェックをするべきです。
カントの「純粋理性批判」(ざっくり知るにはNHK「100分de名著」のテキスト「カント純粋理性批判」で十分)はそもそも自分の頭で考えることを放棄してしまったかのようなこのライターさんには適さないでしょう。私がワクチンの件を調べていてぶち当たったカントの明快な考え方を見つけ、もう一度カントを学び直すために入手した岩波ジュニア文庫(一般的に岩波のジュニア文庫は小中学校向けだけどこれは高校生レベルかな)の「自分で考える勇気 カント哲学入門」(御子柴善之著 岩波書店)でもお読みになってから記事を書いてもらいたいと思いました。
ちなみに現在ロシアとウクライナの問題に関しても、カントは「永遠の平和のために」(宇都宮善明訳 岩波文庫)で現在でも通用する六条を掲げています。一読を強くお勧めいたします。
おまけ:このライターさん、アエラに別の記事もお書きになっており、「好転反応」なるニセ医学を信奉しているようです(https://dot.asahi.com/aera/2021042100078.html?page=1)。