前立腺がんは生存率が100パーセントの死ぬことはない「がん」⁉

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PSAという腫瘍マーカーによって早期発見が可能となった「がん」の代表例として前立腺がんがあります。前立腺がんは高い生存率であり10年生存率が100%との報道もありました。

ところが前立腺がんは国が定めたがん検診の項目には入っていません。前立腺がんは生命に危険を及ぼさないがんなのでしょうか?

さらに日本で未承認の治療方法は全てがトンデモとは言い切れない悩ましい事態が発生しています。

血液検査で早期発見が可能な前立腺がんは制圧されたのか?

血液検査の項目で腫瘍マーカーと呼ばれるものがあります。そもそも多くの腫瘍マーカーはがんの早期発見の為に使用される検査ではなく、がん治療後の効果判定や遠隔転移が無いかをチェックするための検査です。

しかし、前立腺がんの腫瘍マーカーであるPSA( 前立腺特異抗原 Prostate Specific Antigen)は前立腺のみに反応するという特長があり他の腫瘍マーカーとは大きく違っているため前立腺がんの早期発見に大いに役立っています。

ところがPSAは国が定めた健康増進法による「がん検診」の項目には入っていません。

PSAによる前立腺がん検診は過剰診断・過剰治療の温床か?

PSAによる前立腺がん検診は過剰診断・過剰治療の温床か?

PSAを使用したがん検診に関しては私が所属する日本泌尿器科学会と厚生労働省との間ではいまだに論争が続いています。

2021年に国立がん研究センターよって発表されたがんの10年生存率に関して、なんと前立腺がんは100%!!と報道した新聞さえありました。積極的にがん検診を行わなくてよいと考えてしまう人も出てきてしまう可能性さえあります。

前立腺がんの10年生存率を100%と報じた毎日新聞記事

毎日新聞 2021/12/24 00:00(最終更新 12/24 01:09)https://mainichi.jp/articles/20211223/k00/00m/100/343000c

同センターが全国281施設・約29万例を基に、09年にがんと診断された人の10年生存率を算出した結果、前立腺がん100・0%

これは誤解を招きそうな記事なんだよなあ・・・。

前立腺がんの病期がⅠからⅢならば確かに相対生存率は100%なんだけど、・・・毎日新聞のこの記事を書いた記者さんはプレスリリースだけを元にして記事を書いちゃって、国立がん研究センターがん情報サービスの元データは多分見ちゃいないだろうな。

100%の生存率ならば治療方法も完璧か?

前立腺がんの10年生存率が100%であるのなら、現在行われている治療方法はすでに完成形であり今後進化することは無いのでしょうか?前立腺がんは既存の治療方法で十分であり、前立腺がん治療には新薬の開発も必要無く、研究者はこれ以上治療方法を研究する必要もないし、泌尿器科医は既存の治療方法で満足するべきなのでしょうか?

じゃあ、この報道はどのように解釈すればいいの?と私は強く感じてしまっています。

西郷輝彦さん前立腺がんで死去

「西郷輝彦さん前立腺がんで死去 放射線と手術、患者はどう治療法を選べばいい?」https://dot.asahi.com/dot/2022022100019.html?page=1

前立腺がんの治療方法として手術・放射線療法・ホルモン療法・化学療法・監視療法があります。前掲毎日新聞の報道によれば2009年に前立腺がんと診断された方が10年後に死亡していないことを示す10年生存率は100%になっていますよね???死ぬことがないはずの前立腺がんのために海外にまで治療に行く必要があるのか疑問に感じた方も少なくは無いのではないでしょうか。

前立腺がんのステージによる生存率については、「前立腺がんのステージ分類」をご覧ください。

前立腺がんの場合、病期とは別にがん細胞の悪性度を考慮した「グリーソンスコア(Gleason score)」が予後を大きく左右します。

「前立腺がん」は治療しても治療しなくても死亡率に変化は無い⁉との医学論文の正しい解釈。

「前立腺がん」は治療しても治療しなくても死亡率に変化は無い⁉との医学論文の正しい解釈。

トンデモ医学の大家である近藤誠医師の「がんは放っておけ」とはかなり違っている点にご注意くださいね。

日本では未承認治療であるPSMA治療とは?

海外では確立された治療方法であるのに、日本では保険適用外であったり未承認薬であることの悩ましい問題を以前ブログ記事にしました。

ドラッグ・ラグ問題、標準治療やガイドライン至上主義でいいのだろうか?

ドラッグ・ラグ問題、標準治療やガイドライン至上主義でいいのだろうか?

現在では前立腺がんの標準治療の一つとなった密封小線源療法(brachytherapy ブラキセラピー)が日本で未承認治療であった時代に、私は患者さんの強い希望で米国のMD Anderson Cancer Centerに患者さんを紹介したことがあります。

以前と比べて世界的には標準治療であるのに日本では未承認である治療方法はかなり減ったし、ドラッグラグ問題も体感的には解消されつつあります。

となるとダイアモンドオンラインの記事にある「PSMA治療」はトンデモでありインチキ治療なのでしょうか???少なくとも日本のがん治療の中心である国立がん研究センター中央病院や多くの先進医療をおこなっている大学病院でもPSMA治療は行われていません。

致命的な転移性去勢抵抗性前立腺がんの治療法はまだまだ未完成

前立腺がんは死なない病気なんでしょうか?10年生存率が100%なんですから当然死なない「がん」という解釈も成り立ちます。しかし、国立がん研究センターのプレスリリースでは10年生存率は99.96%で四捨五入して100%と表現することは間違いとは言い切れないのですが、前立腺がんのⅣ期と診断された場合は相対生存率は47.6%なのです

前立腺がん10年生存率

https://hbcr-survival.ganjoho.jp/

前立腺がんの標準治療であるホルモン療法が効果を奏しない場合、去勢抵抗性前立腺がん(Castration-Resistant Prostate Cancer、略してCRPC)と呼び、さらにがんが遠隔転移してしまうと生存率は急激に低下します。

がんを制圧できる時代は来るのだろうか?

進行が緩慢であり生存率がめちゃくちゃ高いとされている前立腺がんは決して死なない癌ではありません。発見時にすでに遠隔転移してしまっている病期Ⅳ期でありCRPCであると最新の2014年にがんと診断された5年生存率であっても相対生存率は63.4%です。

前立腺がん5年生存率

だからこそ研究者や泌尿器科医はさらなる効果的な治療方法を探求し続けなければなりません。

PSMA(Prostate Specific Membrane Antigen)療法は177-ルテチウムという放射線物質を転移した前立腺がんに密着させる放射線治療の一方法である組織内照射を可能とした治療方法であり、特に放射線物質の取り扱いに慎重かつ法的制限が厳しい日本で承認されるまでにはまだまだ時間がかかると考えられています。

ちなみにやっとこさ、PSMAの治験の第Ⅰ相臨床試験が令和3年3月11日に医師主導治験として金沢大学で開始しています(https://jrct.niph.go.jp/latest-detail/jRCT2041200110)。治験における治療効果に関しては人種差等を考慮しなければなりませんので慎重に治験を行うことはマストです

海外では標準治療となっているけど日本では未承認でありガイドラインにも記載されていない治療方法の全部が全部トンデモ系ニセ医学とは言い切れない状況に数年前から私は悩まされております。

おまけ:この過活動膀胱をボトックス注射で治療する方法は世界中で採用されているのに、厚労省が承認して保険治療できるようになったのは昨年2021年4月ですから。

ボトックス注射を使った過活動膀胱治療が、やっと日本でも保険適用されました❗

ボトックス注射を使った過活動膀胱治療が、やっと日本でも保険適用されました❗

日本泌尿器科学会が中心となって2015年に作成した日本排尿機能学会の「過活動膀胱診療ガイドライン」でレベル1(大規模RCTで結果が明らかになっている)で有効な治療方法とされているのになあ・・・。

参考文献

  1. 「PSMA targeted radioligandtherapy in metastatic castration resistant prostate cancer after chemotherapy, abiraterone and/or enzalutamide. A retrospective analysis of overall survival 」K Rahbarら、Eur J Nucl Med Mol Imaging . 2018 Jan;45(1):12-19.
  2. 「Lutetium-177-PSMA-617 for Metastatic Castration-Resistant Prostate Cancer」Oliver Sartorら、N Engl J Med . 2021 Sep 16;385(12):1091-1103.
  3. 日本泌尿器科学会編「前立腺癌診療ガイドライン」2016 年版株式会社メディカルレビィー社

著者プロフィール

桑満おさむ(医師)


このブログ記事を書いた医師:桑満おさむ(Osamu Kuwamitsu, M.D.)

1986年横浜市立大学医学部卒業後、同大医学部病院泌尿器科勤務を経て、1997年に東京都目黒区に五本木クリニックを開院。

医学情報を、難解な医学論文をエビデンスとしつつも誰にでもわかるようにやさしく紹介していきます。

桑満おさむ医師のプロフィール詳細

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