たった1滴の血液や1滴の尿でがんを診断が可能な方法が実現することは素晴らしいことです。現実に血液1滴、尿1滴でがん判別できる検査方法が開発されています。
しかし、検査には「感度」と「特異度」が必ずあります。例えばがんの場合は、実際にがんにかかっている人に検査をしたときに陽性になる確率を感度と呼びます。がんにかかっていない人に検査をしたときに陰性になる確率を特異度と呼びます。100%の感度や特異度はありえないため、偽陽性・偽陰性という悩ましい問題が常に伴います。
血液1滴、尿1滴でがん診断ができるがん診断法、感度・特異度共に問題がありそうです。
本記事の内容
血液1滴、尿1滴でがん判別、この検査の危うさをわかりやすく説明します
昨年末から、血液1滴や尿1滴でがんを判別する技術が開発されたことが大々的に報道されています。
がん検診などで、すごく便利な検査方法だと多くの方が感じたのではないでしょうか?人間ドックオプションなどとして、血液1滴あるいは尿1滴でがんを診断することが医療業界にとっては、特に私のような臨床医にとっては大混乱になることが予想されています。
多くの医療関係者から、既にこの2つの検査方法の危うさが指摘されています。将来的には有望であるがん検査方法であっても、なぜ真っ当な医療関係者が批判するのか、いつかわかりやすく説明しなければとは考えていたのですが、伸ばし延ばしになった原因は⋯簡単に説明するのは難しいから、でした。
やっとこ、なぜ一般の方は簡単にがんが判別できる検査方法を歓迎し、医療関係者は批判するのか、その理由がわかりました。
この血液1滴、尿1滴でがん判別検査の危なっかしいことを簡単に説明するためには、「精度」と「感度」と「特異度」と「陽性的中率」と「有病率」を知っておく必要があります。
簡便であり、早期に正確にがんと診断できる検査方法だとしても、実用化はまだまだ先であることを説明していきます。
昨年末、これを書きました。
これじゃあ、全然わかんない!とのご意見をいただいているので、じっくりと解説してみますね。
がん検査における「精度」とは
東洋経済は東芝が開発したがん検査についてこのような記事を書いています。
この記事では99パーセントの精度でがん検査が可能になったことを報じています。この「精度」の本来の意味を皆さんはご存知でしょうか?この「精度」との用語が曲者です。
一般的に「精度」とはばらつきのない結果の度合いを見るものであり、1回目の検査では陰性と診断したのに、2回目の検査では陽性と診断した場合、精度が悪い、と判断します。
がん検査で精度は次のように使います。
精度=がん検査で陽性であった人が、本当にがんである確率
取材記事にある精度が、がん検診で使う陽性的中率のことなのであれば、驚異的なことなのですが、東芝の取材記事からは詳細を知ることはできません。
仮に取材の精度を陽性的中率として話を進めて、陽性的中率が99パーセントの検査が実現しても、多人数を対象とするがん検診で気軽に使用されると臨床的には大きな問題が発生してきます。
検査には「感度」という言葉があります。
がん検査の「感度」とは
検査では「感度」が問題となります。感度は次のように定義されています。
感度=がんにかかっている人に検査をしたときに陽性になる確率
感度99パーセントの検査をがんにかかっている100人に行った場合、99人をがんを陽性と診断し、1人を見逃してしまうことになります。
陰性と診断された人にとっては残念なことなのですが、99人にとってはがんが発見されるのですから、この検査は一見非常に有用に思ますけど⋯実際はがんでは無いのに、がん陽性と診断されてしまう人がどれだけ出てしまうかが、臨床上は大きな問題となります。
そこで登場するのが「特異度」です。
がん検査の「特異度」とは
特異度と言う用語はあまり馴染みがない方も多いかと思われます。「特異度」と言うとあるがん種を見分ける能力を意味すると考えている方もいるようですが、全く違います。
特異度は次のように定義されています。
特異度=がんにかかっていない人に検査をしたときに陰性になる確率
100人のがんにかかっていない人に特異度が99パーセントであるがん検査を行うと、がんでは無いのにがんであると診断される人はたったの1名であり有用な検査である、と判断しがちですよね。でも、これだけでは優れた検査方法とは言い難いのです。
なぜなら100人のがんにかかっている人のうち、何人を陰性と診断してしまうかには特異度は全く関係が無いのです。
感度が90パーセント、特異度が90パーセント、でもこんな問題が生じます
線虫を使った尿検査でがん診断ができる方法については、東芝の血液1滴より詳しい情報が入手可能です。
この検査方法を開発した会社のウェブサイト(https://hbio.jp/ctm/faq)によれば、「感度」は90パーセント、「特異度」も90パーセントであることが明記されています。
感度も特異度も非常に高い確率でがんを判別するように思えてしまいますが、このような場合を考えてみましょう。
有病率が1パーセントのがんがあったとします。1万人を対象にこの感度90パーセント、特異度90パーセントのがん検査を行った場合を考えてみます。実際に有病率から考えると、がんにかかっている人は100人で、がんにかかっていない人は9900人です。
感度が90パーセントなので、実際にがん患者さんであってがん陽性とされる人は90人であり、10人は陰性と診断されてしまいます。
特異度が90パーセントなので、実際にがんでは無い人のうち8910人はがん陰性と診断され、がんにかかっていないのに陽性と診断される人が90人も出てしまいます。
わかりやすく表にしてみますね。
※1 100人のがんにかかっている人を90パーセントの感度の検査方法で診断したので、90人が陽性
※2 9900人のがんにかかっていない人に90パーセントの特異度の検査方法で診断したので、8910人が陰性
ここで重要となるのが陽性的中率です。
がん検査の「陽性的中率」とは
検査において、陽性的中率という言葉があります。陽性的中率の定義は次のようになっています。
陽性的中率=検査でがん陽性の人の中で、本当にがんにかかっている人の割合
感度90パーセント、特異度90パーセントのがん検査で有病率1パーセントのがん検査を10000人を対象に行った場合の陽性的中率は次のようになります。
90人÷1080人=0.083333⋯・・たったの8.3パーセント❗
感度が90パーセントであり、特異度が90パーセントであっても元々の有病率が1パーセント程度のがんだと1万人を検査しても、がんである人を見つけることができるのは8.3パーセント程度であり、がんでは無いのにがん陽性と診断される人は9.9パーセントにもなってしまいます。
陽性的中率が高くても、このような問題が生じてきます
もしも陽性的中率が99パーセントのがん検査法があったら、それはそれはがん検診が非常に有用となるのですが、血液1滴あるいは尿1滴でそのような結果にはなりません。
さらにがんが無いのにがん陽性との診断、つまり偽陽性の取り扱いに臨床医は苦労しますし、患者さんも負担のある検査を覚悟しないとなりません。
先ほどの有病率が1パーセントのがんに対して感度90パーセント、特異度90パーセントの検査を行っても990人はがんでは無いのにがん陽性と診断されてしまいます。
悪魔の証明をご存知でしょうか?無いものを無いと証明することの難しさを「悪魔の証明」と表現することがあり、この人の体内にはがん細胞は無い、と言い切ることは現在のどのような検査方法を用いても不可能なのです。
さらにどのような臓器のがんであるかは、今回派手に報道されたがん検査では特定することができません。
血液1滴がん検査については
大腸がんや肺がん、膵臓(すいぞう)がんなど13種類のがんについて、何らかのがんにかかっているかどうかを99%の精度で判定できたという。
と日経は報じていますし、尿1滴では
5大がん(胃がん、大腸がん、肺がん、乳がん、子宮がん)をはじめ、膵臓がん、肝臓がん、前立腺がん、食道がん、胆嚢がん、胆管がん、腎がん、膀胱がん、卵巣がん、口腔・咽頭がん(15種類のがん)に反応することが確認されています。
と前掲のウェブサイトに書かれていています。
さらに尿1滴方式は開発者ご本人が読売新聞の取材に対して
22年に第1号として、 膵すい臓ぞう がんを狙っています。すでに興味深い実験結果は得られており、証明実験に取り組んでいます。
と正直におっしゃっていますので(https://yomidr.yomiuri.co.jp/article/20191203-OYTET50006/)でがんの種類の特定はまだまだ先のことであることは間違いありません。
極端な話をします。私たちの2人に1人はがんを発症します。全てのがんを早期あるいは超早期で血液1滴あるいは尿1滴で診断できるようになってしまったら⋯がん検診の対象年齢の人口は7600万人、その半数ががんと診断されてしまいます。臨床現場が大混乱になることは必至です。
多くのがん細胞は一気に増殖しないで、長い時間をかけて増殖し続けることによって発症します。がんを早期発見することは重要ですが、がんがあったとしてもそれ以外の病気で亡くなることも多いのです。
既に当院では「尿でがんの検査はできますか?」とか「さっき採った尿でがんも検査してよ」との患者さんが多数いらっしゃいました。
当然、五本木クリニックでは現在大々的に報道されている、尿1滴・血液1滴によるがん検査は行っていません。
おまけ:とにかく患者さん経済的肉体的負担の少ない尿や血液を使ったがん検査を自治体のがん検診や人間ドックでスクリーニング的に使用することには上記のことから全く推奨はできません。
しかし、私が専門としている泌尿器科領域のがん、特に前立腺がんの確定診断には使うことは有用かもしれません。
前立腺がんだけに特異的に反応する検査が実現されれば、PSAが高いだけで生検をする必要も無くなってきますし、前立腺がん陽性と診断されたら、今までより積極的に前立腺の生検を患者さんが受けていただけるようになります。生検を行うことによって確定診断をして、さらに病理検査によって悪性度を決めことによって治療方法の選択をしていくのが前立腺がんの治療の通常の流れです。