ある匂いを嗅ぐと記憶がよみがえることって経験したことがあると思います。この現象を精神医学的には「プルースト現象」あるいは「プルースト効果」と呼びます。
プルースト現象という言葉はマルセル・プルーストという作家の「失われた時を求めて」という作品に基づいて名付けられたものです。本の内容は意志とか無意志とかによる記憶主軸とした結構難解なものですが、世紀末と新世紀の始めのパリを中心に繁栄したベルエポック時代の名作とされています。
プルースト現象が医学的に証明された?⋯今回花王と愛知医科大学の共同研究により「プルースト現象」の解明が一歩進んだとメディアに取り挙げられています。
正確には今回は「香りを嗅ぐ」で「匂いを嗅ぐ」でも「臭いを嗅ぐ」でもありません。日本語って字の使い方で微妙に意味合いが違ってきますので難しいですね。
本記事の内容
だれでも思い当たるこの「プルースト現象」
子供のときの記憶を蘇らせる匂いって確実にあると思います。しかし、匂いを言葉で表現するのって意外と難しいので「何々のような香り」という表現をとると思います。思いっきり日光で干した布団の香りを嗅ぐと思わず母親の笑顔が記憶に甦ったり、子供の時のある一瞬の記憶が思い出されたりした経験ってありませんか?今回の研究では花王が香水を使っての実験ですので、よい香りと感じるようなものを使用したので、なつかしい肯定的な思い出が脳が反応したと考えたいです。
実はこのプルースト現象あるいはプルースト効果は以前からかなり研究が行われていて「Proust nose best: odors are better cues of autobiographical memory.」というタイトルで英国のリバプール大学の研究者によって発表されています。
良いにおいのみが対象の今回の研究結果の内容
日本の研究は良い思い出とつながっている香りをだす香水と記憶がよみがらない、または繋がらないと解釈もできる香水(未発売)の両者を嗅いだときの脳の活動をPET(陽電子放射断層撮影)を使用して比較したものらしいです(です、と言い切れないのはまだ論文になっていないので⋯)。
プルースト現象が引き起こされる香水を嗅いだときに活発に活動する脳は快感を感じる部位と一致していていたことはあまり画期的な研究結果とは感じられません。というのは今回の実験では「良い思いでを憶いだす香り」だけを対象にしているからです。つまり快感・幸福感を得た懐かしい肯定的な思い出を引きをこした香りによって引き起こされる脳の活動を観察したということだからです。
香り→懐かしい思いで→脳が快感
なのか
懐かしい思いで→脳が快感
なのか、それとも単に
香り→脳が快感
この辺りがはっきりしていませんので、懐かしい思いでが香りによって引き起こされ脳の快感を感じているのか、あるいは懐かしい思いでを単に脳が快感と感じているだけの可能性も否定できません(ここの記述はかなり素直ではないので、論文になって私の解釈が間違っていたら後日訂正します)。
プルースト現象で炎症が収まる可能性がある
プルースト現象が起きた時に炎症症状に伴って増加する物質が現象することが確認されたことに興味が引かれます。と、言うのも「アロマセラピー」と呼ばれる民間療法がありますが、「そんなの気のせいじゃないの」的に医学知識のある人は解釈する傾向があります。
今回の研究発表は「アロマセラピーって医学的治療に効果あるじゃない」という考え方を支持することになります。民間療法やサプリなんかを否定的に解釈していると思われがちな私ですが、先日もブログで素直に「しゃっくりの治療方法は民間療法の方が実用的」と書きました。
ガチガチの西洋医学至上主義者であるわけではありませんし、数字として実証されたエビデンスがあるものしか効果がないとも考えてはいませんので、ネガティブな思考を持つより、病気に対してはポジティブな気持ちをもって対応した方が良い結果になる傾向があると常に感じてはいます。
悪用禁止の研究結果です
今回、プルースト効果が現れるときに炎症があるときに上昇する物質が減少するということが報告されているだけではなく、体の調子もよく感じられたと報告されていることが予想されています。これを悪徳アロマセラピー業者が拡大解釈すると
- ある種のアロマを使用すると炎症を主症状とする病気がなおる
- ある種のアロマを使用すると体調が良くなる
という結論を引き出すことが可能になり、その根拠として今回の花王と愛知医科大学の「学会発表で有効性が証明された」的な広告宣伝をする可能性が危惧されますよね。このような考え方は極端になりがちで「病院の治療は放棄して、薬も副作用があるから止めて、アロマセラピーだけで治していきましょう」との方向に爆走しちゃうんです。
現時点で体と心をリラックスさせるアロマセラピーを積極的に併用している医療機関もありますので「アロマいっぽん掛け」はリスキーだと考えましょう。
逆プルースト現象もあるんじゃないかな?
今回の研究発表はあくまで良いことを思い出すことについての脳の活動であるところが要注意です。
というのもプルースト現象は厳密にいえば「臭いによって記憶がよみがえる」ということしか意味していません。良い思い出でも悪い思い出でも臭い・香りによって記憶がよみがえることをさす現象です。
万が一満員電車で目の前のオッサンの時代遅れのヘアリキッドの臭いなんてもので、昔親父に怒叱られた記憶が甦って来たらたまったもんじゃありません。ぜひ一度不快な記憶が甦る香水?なんてものを使った実験を行ってもらいたいです。そんな「臭い匂いを嗅いだらめちゃくちゃ落ち込んで、不健康になった」という結果が導きだされると今回の研究発表の意義が臨床上、多大なものになるはずです。
こんな人には逆効果かもしれないぞ
一方香りで記憶がよみがえるというのはヤバいかもです
- 禁煙した人がタバコの副えん」流でまたタバコを吸いたくなる
- ダイエット中の人が焼き肉屋さんの前を通りがかってダイエット断念
- 酔っぱらいと電車で乗り合わせたら禁酒中なのに、電車を飛び降りて駅の売店でワンカップ大関を一気飲み
とかまずい現象が起きることが予想されます。
私の場合は焚き火の香りを嗅ぐと昔おじいちゃんの家の庭で従兄弟たちと焼き芋を焼いた、懐かしい思いでが甦りますが、焼き芋を食べ過ぎて夕食時に親戚のおばさん達が心を込めて作ってくれたごちそうを残して親父に怒叱られた記憶もついでに出てきてしまいます。
そんなとき私の脳はどのように反応しているのか、いちどPETを使って実験してみたいと思いますが、PETって非常に高価な検査機器なのでその脇で焚き火をすることは不可能だと予想され残念。