スーパースターであるジャスティン・ビーバーさんがライム病と診断されたニュースでライム病という名前を初めて聞いた方がほとんどでしょう。医師である私も今回のニュースでジャスティン・ビーバーさんがライム病およびその後遺症に悩まされていることを知り、「うわっ、ライム病ってこんな後遺症があるんだ」と自分の医学知識の足りなさを実感するとともに、今後の診療のための勉強としてライム病について調べつつ、自分の頭の中を整理してみます。
本記事の内容
ジャスティン・ビーバーがライム病と診断されていたけど⋯
先日からウェブ上でメディアが「ライム病、ライム病」と繰り返し報道していました。20数年以上、開業医をしている私ですが、「ライム病」の医学用語を使用した経験は一回しか無いと記憶しています。
米国人の患者さんが、「Mites、Mites」と繰り返し、それに続いて、「Lyme 、Lyme」と言いながら赤く腫れた左腕をみせました。私はMitesは「ダニ」のことであり、「Lyme」がライム病であることは理解できたのですが、イエダニでライム病になるわけないし、ライム病なんて滅多にある病気ではないので、虫刺されに効果がある塗り薬を処方して診療を終えました。
日本での発症は少ないライム病
まずは日本で1年間にどれくらいの人がライム病と診断されているのかを調べてみました。
国立感染症研究所のデータによると、ライム病と日本で初めて診断された患者さんが出たのが1986年、1999年から2018年までにライム病として報告されている症例数は231例とよくある疾患ではなく、珍しい感染症疾患と考えて良さそうです。
ダニは大昔から日本に棲息していますので、実はライム病であっても、ライム病との確定診断がされていないために、報告されていなかった可能性が強いと思われます。ライム病に関して
1970年代以降、アメリカ北東部を中心に流行が続いている、マダニ刺咬後に見られる関節炎、および遊走性皮膚紅斑、良性リンパ球腫、慢性萎縮性肢端皮膚炎、髄膜炎、心筋炎などが、現在ではライム病の一症状であることが明らかになっている。
と記載されていますので、マダニに刺されてライム病であっても、以前は違った病気として解釈されていたようです。
ライム病の原因はマダニ、イエダニでは感染しません
私が経験した米国人のダニに刺された患者さんは、郊外でピクニックをしていた時にダニに刺されたため、「ライム、ライム病」と恐れていたのですが、ライム病が一般的に知られるようになったのは1976年の集団感染の発生があったからです。
世界中で「家庭の医学」的役割を果たしてきた「メルクマニュアル」(今は会社名が変わったためMSDマニュアル)によれば<
blockquote>ライム病は、1976年にコネチカット州ライムで集団発生したことから認識されるようになり、この名前がつきました。現在米国では、昆虫が媒介する感染症の中で最も多くみられ、米国では49の州で発生しています。
とのこと。
アメリカ疾病管理予防センター(Centers for Disease Control and Prevention、略してCDC) はライム病に関してこのようなページを設けています。
ジャスティン・ビーバーがライム病の後遺症に苦しんでいることが、メディア報道の中心となっています。たかがダニに刺されたくらいで、後遺症に悩まされるの?と考えていたら大間違いのようです。
ダニに刺されて神経症状や関節炎を引き起こすライム病
ライム病はマダニに刺されて、ライム病ボレリアという細菌に感染することによって起こる病気です。治療方法としては、私が調べた範囲では抗菌剤となっていて、大騒ぎするほどの病気じゃないと判断するのは大間違い。
CDCのサイトはライム病に関して「Post-Treatment Lyme Disease Syndrome」と別のページを設けています。
なんと治療を終了しても、半年以上痛みに悩まされ、疲労や思考の混乱さえ生じてしまうようです。これを「Post-Treatment Lyme Disease Syndrome」つまり治療後ライム病症候群(PTLDS)と呼びます。ジャスティン・ビーバーが悩まされていて、今回報じられたのはこのことだったのです。
追記:感染症のプロ中のプロである岩田健太郎先生から、ジャスティン・ビーバーはライム病と診断されたが、PTLDSと確定診断されたとは報じられていないとのご指摘がありました。ライム病は多くの患者さんは抗菌薬で回復していることを追記いたします。
残念ながら治療後ライム病症候群は決め手となる治療方法は現時点ではありません。ジャスティン・ビーバーが様々なトラブルを引き起こし、病院通いをする姿をパパラッチに取り上げられたのも、治療後ライム病症候群の治療目的だった可能性も高いかもしれません。
ひょっとしたらライム病の後遺症の治療のための受信なのかもしれないのに、「ついに子作り始動か」ですから、セレブの苦労がしのばれます。
ライム病の後遺症の治療は抗菌剤の長期処方?
国立感染症研究所のサイトではライム病の治療方法として、ロセフィンの名称で知られているセフトリアキソンという抗菌剤が第一選択薬として書かれています。
第三世代セファロスポリンであるロセフィンは近年耐性菌が多いために、私たち泌尿器科医が治療に悩まされている淋病の決定打として使用されています。でも、ロセフィンは注射薬であり、イメージ的に肝機能障害や嘔吐が多いので、気軽に使用するのはちょっと躊躇してしまいます。
さらに特効薬として抗菌剤を乱用されると、今のところは耐性菌がないと考えられているライム病でもそのうちに耐性菌が出現する可能性があります。
現時点で治療後ライム病症候群に対する決定的な治療法は無い、とCDCのサイトには記載されています。一方で米国国立衛生研究所(National Institutes of Health、略してNIH) の研究ではライム病と診断された場合、抗菌剤投与を長期に渡って継続した方が、治療効果があると報告に関して再検証を行っています。
NIHが検証したものは30日間に渡って抗菌剤を静脈注射、さらに60日間抗菌剤を経口投与した臨床研究の結果について有効性が無い、と判断しています。さらにこの治療方法の危険性も報じています。
ライム病および治療後ライム病症候群に悩ませられない方法はダニに刺されないように予防するしか無いようです。
ここにこのようなことが記載されています。
人間への感染は、ライム病の菌に感染したダニが皮膚を刺し、そのまま36時間以上にわたって付着することで起こります。短時間の付着ではめったに感染しません。
滅多に起こらない感染症であっても、メディアが大々的に報じると心配になって受診する人が多くなります。日本でライム病は4類感染症になっているので、全症例を医療機関は報告することが義務つけられています。しかし、日本では確定診断は国立染症研究所でしか出来ません。
ライム病なのか、単なる虫刺されなのかを見分ける決定的な普及した診断方法がない点と後遺症の治療方法が確立されていないことが今後の課題になりそうです。
お騒がせセレブのイメージが強いジャスティン・ビーバーですがNIHはライム病および治療後ライム病症候群の臨床研究を継続しています。余計なお世話でしょうけど、ライム病の後遺症の研究資金として、ドカンと寄付をすれば今までの彼のダーティーなイメージも払拭できるし、なんらかの有用な結論を出すことが可能になるかもしれないですしね。