先日の週刊誌に某有名美容クリニックチェーンのヒアルロン酸の不注意な注入による被害が掲載されていました。私たちから考えるとあり得ないトラブルです。
本記事の内容
悲惨な美容整形でのトラブルの原因は?
ヒアルロン酸を注入する場合はとにかく血管を避けなければ、ヒアルロン酸が血流を止めて皮膚の壊死を起こすことがあるのは当然のことですので、解剖学的に血管の走行を十分に把握して慎重に注入を行うのが常識です。
さらに万が一絶対にあってはならないことですが、トラブルが起きても早急な対処で被害を最小に抑える技術と判断力を持ち合わせていなければいけません。
こんな基本的な血管の走行を知らなかったのかな?(当院ではヒアルロン酸の注入をする場合は、先端が丸くなった特殊な針を使用して血管に当たることが無いようにしています。特殊な針は高コストですし、モチロン使い捨てですのでチェーンクリニックのように激安価格でのヒアルロン酸注入はできません。)
最近のチャラチャラしたイメージの美容系医師とはかけ離れた実態の修業を積まなければ、熟練した繊細な技術と的確な判断力を獲得することは不可能です。
本当に苦しかった昔の医師の修業
今の若い医師はそれこそ17時、18時になるとさっさと業務から解放され、プライベート生活をエンジョイしている風潮が私と同年代のオッサン医師の間で話題になることが多くなっています。
昔はよかったなあ、を言い出したら年を取った証拠かも知れませんが、「昔は酷かったなあ」がオッサン医師の合言葉になっています。そのあたりのひどい生活は以前ブログで「医師の労働時間 労働基準法を順守することはほとんど無理です」と題して書きました。
当院の松下医師の修業時代、朝から夜まで⋯次の日の朝も⋯
五本木クリニックの松下医師の修行時代の様子をお伝えしておきます。
例えば耳鼻咽頭科のがんの治療は顔から胸にかけて大きく切開をして悪い部分と取り除き、その後縫い合わせます。しかし、縫い跡を綺麗にするには形成外科医にお願いします。耳鼻科の手術は長時間に及ぶので朝から始めても最終の皮膚を縫い合わせるために形成外科医が登場するのは夜遅くになります。
手術室は緊張の連続です。
なかにはどうしても皮膚の一部が欠損する(足りなくなる)ために他の場所から皮膚を採取して、植皮をする場合もあります。そんな作業を夜に始めると、次の朝に手術室を覗きこむと形成外科医がクタクタになって手術の成功をかみしめている場面にでくわします。
当院の美容担当の松下医師は形成外科の修業を京都大学で行っていました。多かった症例は口唇裂口蓋裂、小耳症、多指症などの先天奇形だったそうです。それらの手術をこなせる施設が多くなかったため集中的に症例が集まっていたそうです。
松下医師の経験の中で、とくに大変だった手術
先天奇形のほかに熱傷や交通事故による顔面の外傷を治療するのも形成外科の守備範囲です。松下医師が今でも「あれは大変だったな」と時折思い出す手術は事故による「頬骨、上顎骨、下顎骨の複合骨折の再建手術」だったそうです。その当時の苦労が今の再建手術・修正手術を得意とする松下医師を作りあげたのは間違いありません。
顔面骨折の一例です。
その手術の困難さは下顎骨の真ん中が4センチも欠損のしており、更に歯・歯肉・骨がまとめて無くなっていました。この手術はまず腕の骨と皮膚の一部を一塊として十分に血流が確保できるように動脈・静脈を付けたまま取り出しました。その取り出した一塊を欠損した部分に移植をして、顕微鏡下で顔面動脈・顔面静脈に血管をつなぎ合わせるのです。
こんどは取り出した腕の骨と皮膚を修正・再建しなくてはなりません。骨を取り出した部分には人工骨を移植して、さらに顔に移植してなくなっている皮膚の部分には太腿から皮膚を取り出して(採皮といいます)腕に皮膚移植を行ったそうです。
健康な皮膚をこのように切り取って欠損部分の移植します。
さらにこの患者さんはある宗教の信者さんだったため、輸血ができませんでした。
もともと出血している患者さんにこのような大がかりな再建手術をする為には、どうしても血液が足りなくなります。でも、輸血できません。それを可能にしたのは細心の注意をはらった手術でとにかく出血をさせない、少しでも出血をしたら止血をすることです。この様な厳しい条件下で再建手術をこなしました。結局手術時間は21時間かかったそうです。
その間、執刀者は一睡もできませんし、一瞬も気を許すことができないのは当然のことです。
再建手術は術後も大変です
21時間に渡った手術はこれで終了ですが、治療はこれで終了したわけではありません。顕微鏡下でつなぎ合わせた血管が詰まってしまうと、即それは皮膚の壊死を引き起こします。万が一、血管が詰まってしまったら速攻で再手術をしなければいけません(今回の某美容外科クリニックの失敗はヒアルロン酸が血管に詰まったことが原因と考えられます)。
熟練医師なら壊死を起こした鼻翼でも、ここまで再建手術で修正します。
そのようなことが起こらない様に術後48時間は2時間ごとに移植した皮膚の血流が順調であるかチェックする必要があります。手術と術後のフォローを合わせると三日間は睡眠を取ることはできない⋯そんな非常識な修業をこなしてきたのです。
なんでそんなつらい形成外科を目指したのか?
答えは単純でした。「私は細かい作業を継続するのが好きなんですよ!」だって。自分が担当した患者さんの術後の状態を注意深く監視するのも当然の事とのことです。松下医師の趣味はショパンをピアノで弾くことと、絵画の鑑賞です。美容系の医師には美的感覚を磨くことは必須ですね。
他にも口蓋裂や小耳症の凄まじいほど慎重を要する手術の体験も聞いていますが、今回は長くなりすぎましたのでここまでにしておきます。
最後にオッサン医師から若い医師に一言
美容外科・美容皮膚科をオシャレで華麗なイメージを持って選択したのなら一から出直してください。プライベートを犠牲にして、自分の技術と知識の研鑽に少なくても10年は掛けてください。
それからが一人前の美容外科医・美容皮膚科医としてのスタートです。