「前立腺がん」は治療しても治療しなくても死亡率に変化は無い⁉との医学論文の正しい解釈。

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ニューイングランド・ジャーナル・オブ・メディシン (The New England Journal of Medicine 略してN Engl J Med) という非常にクオリティの高い医学専門誌に、前立腺がんの治療法についての衝撃的な論文が掲載されました。

前立腺がんの死亡率、監視療法と根治療法に差が無い、との医学論文の本当の意味

前立腺がんは治療しなくても、手術しても死亡率に差は無いとの内容と理解してしまった人も多いようです。

この論文の主旨は以下のとおり。

  1. 前立腺がんと診断された人を監視療法・手術・放射線治療の3つのグループに分けて、10年間フォローアップして死亡率を検討した
  2. 結果として、前立腺がんの死亡率は前述の3つのグループで差はなかった
  3. 監視療法のグループの方が若干、転移が多かった

以上の結果から、監視療法だと、がんの重要な問題点である転移のリスクが高まるので、監視療法は転移を考えると不利である、と先日「前立腺がんは放置しよう❗近藤誠理論は大正解??ってワケないぞ❗」と題してブログにしました。しかし、このブログで重要なポイントを書き漏らしてしまったんです。

前立腺がん監視療法をおこなっていたグループも途中で手術や放射線治療を行っていたとの大事なことを書き漏らしていました。

医学界に衝撃が走った「10-Year Outcomes after Monitoring, Surgery, or Radiotherapy for Localized Prostate Cancer」(N Engl J Med 2016; 375:1415-1424)の正しい解釈をお伝えします。

前立腺がんで監視療法を選択しても、死亡率に差が無い⋯だから無治療でも大丈夫は間違い

今回の論文を間違って解釈して「前立腺がんは治療しなくて、放置しても死亡率に差はありません」などと物知り顏でメディアに情報を垂れ流す医療評論家や医療ジャーナリストと称する人が出現することを恐れています。この論文の大前提は

a:腫瘍マーカーであるPSAは3.0から19.9の段階で前立腺がんと診断された人が対象

b:悪性度を示すグリーソンスコアが6の症例が77パーセントを占めた

c:監視療法を受けていても途中でPSAの上昇を認めた症例は手術・放射線治療を受けていた

です。

つまり前立腺がんと診断されて監視療法グループであった場合、10年間無治療で放置したわけではないのです。

10-year_outcomes_after_monitoring__surgery__or_radiotherapy_for_localized_prostate_cancer_-_nejm

緑色のグラフが監視療法グループですが、年を経るごとに手術あるいは放射線治療が行われています(前述論文より)。

●aの意味すること

PSAの値ですが、4.0以上であると前立腺がんの疑いと診断されます。今回の症例の多くは針生検によりがんと確定診断された病期T1cが76パーセントだったのです。病期T1はPSA検査によって針生検を行うことで、確定診断された症例であり、CTやMRIなどの画像診断では判明しません。病期がT2だと、前立腺に限局したがんであり、病期T3だと前立腺周囲にがんが拡がっている、病期T4だと、周辺臓器にがんが拡がっている状態を示します。つまり、多くはPSA検査によって見つかった、早期発見された前立腺がんだったのです。

●bの意味すること

グリーソンスコアは前立腺がんの組織を悪性度によって分類する方法です。悪性度の低い1から悪性度の高い5まで分類され、主に針生検によって得られた二つの組織を合計してグリーソンスコアを求めます。その結果、グリーソンスコアは2から10までの9段階に分類され、今回の論文の多くを占めたグリーソンスコア6は比較的悪性度の低い症例が多かったのです。

●Cの意味すること

今回の研究で監視療法グループに組み込まれた人でも、定期的にPSA検査を行い上昇が見られた場合は手術あるいは放射線治療が行われています。つまり、10年間全く無治療ではなかったのです。

a・b・cから導かれる結果は

PSA検査によって早期発見された多くの限局性前立腺がん治療の選択肢として監視療法は死亡率に差が無い

ってことなんです。前立腺がんと診断されても、いきなり手術をする必要もなく、放射線治療をする必要もなく、定期的にPSA検査をすることによって手術や放射線治療を遅れてスタートしても死亡率に大きな差はない、と解釈するのが正しいことです。

前立腺がんの監視療法は有力な治療方法の選択肢の一つである

PSA検査は過剰診断・過剰治療の温床であり、必要ない検査である、がん検診で行うことは控えるべきである、との意見が注目を集めています。それについては「文春砲『受けてはいけない検診・検査 前立腺がん』は間違いだよ⁉」で述べました。集団検診に関しては針生検によるリスク、手術による後遺症、医療費増加への懸念が主に批判の対象となっています。

リスクの低い前立腺がんと診断された場合、必ずしもいきなり根治的と呼ばれる手術や放射線治療を選択しないで、前立腺がんの動きを厳重に監視することによる不利益を回避できるということをこの論文は示しているのです。

前立腺がん検診が非難される大きな原因は確定診断するための検査である針生検のリスク、手術によるリスク、治療によるコストを根拠に展開されています。しかし、針生検の手法も進化していますし、手術もロボット支援前立腺全摘手術の登場により格段に安全性が得られ後遺症も減少してます。残る治療によるコストも監視療法の有用性によって、無駄な手術や放射線治療の減少効果が期待できます。

監視療法が必ずしも死亡率に差をもたらさないことによって、前立腺がんの集団検診の有用性も見直される可能性がある、と読み解くこともできる論文なのです。

著者プロフィール

桑満おさむ(医師)


このブログ記事を書いた医師:桑満おさむ(Osamu Kuwamitsu, M.D.)

1986年横浜市立大学医学部卒業後、同大医学部病院泌尿器科勤務を経て、1997年に東京都目黒区に五本木クリニックを開院。

医学情報を、難解な医学論文をエビデンスとしつつも誰にでもわかるようにやさしく紹介していきます。

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