先日、ボトックスに代表されるボツリヌストキシン製剤は何種類か日本で使用されていて、その中でも繰り返し使用しても抗体ができにくいゼオミンという名前の製剤の効果が今注目されていることを紹介しました。
美容以外への有効性が期待されるボトックスなんです、いまの医療の世界では。
本記事の内容
ゼオミン、というボツリヌス製剤は色々な病気に効果的に応用されています
例えばボトックスは現時点で脇汗の治療や強い筋肉の緊張のある麻痺の治療への保険適用があります。泌尿器科領域では過活動膀胱、間質性膀胱炎への治療への試みも海外では行われています。ボツリヌストキシン製剤は筋肉が縮まることを防ぐ作用でシワの治療に美容皮膚科では使用されていますが、その筋肉が収縮することで起こる様々な病気の治療への応用が考えられます。大きな筋肉の緊張を取り除くためには、大量のボツリヌストキシン製剤を使用する必要がありますが、その時問題になるのが「抗体」です。この抗体は複合タンパクを含む量が多ければ多いほどできやすいので「ゼオミン」のようにピュアな製剤の方がボトックスより今後実績を高めることが期待されています。
「ゼオミン(Xeomin)」は新たなしわ伸ばし治療の定番になるか?「ボトックス」を超えたかも
そのゼオミンを心臓手術後に起こりがちな心房細動の治療に使う、という画期的な試みが海外で行われています。
心臓手術後の合併症に対するゼオミンの効果
ゼオミンは複合タンパクをほとんど含まない為に、繰り返し、大量に使用しても効果が薄まる可能性が低いボツリヌス製剤です。日本でも普及している心臓手術ですが、その後の合併症として「心房細動」という脳梗塞のリスクを高める心臓がドキドキと一分間に数百回も拍動する状態を引き起こします。
この対処法としては、一般的に抗不整脈を使用することになっていますが、チャレンジャーは挑戦しました。心臓手術の合併症になんと「ゼオミン」を使用したとの報告が「Study finds botulinum toxin injections in epicardial fat pads reduce AF risk immediately following surgery and after one year of follow-up」というタイトルでアメリカの不整脈学会で発表されました(Heart Rhythm Society サイトより)。
この研究者たちは心房細動を伴った患者さんの冠動脈のパイパス手術を行う時にゼオミンを心臓手術中に心臓の外を取り巻く心外膜の数カ所に注射しました。もちろん比較するためにプラセボとして生理食塩水を注射するグループも設定して二重盲検法によってその効果を確かめました。
その結果は驚くべきものでした。
- 術後30日以内に心房細動が起こったのはゼオミン注射グループ7パーセント、プラセボグループ30パーセント
- 術後1年以内に心房細動が起こったのはゼオミン注射グループ0パーセント、プラセボグループ27パーセント
体の他の部分の血管を取り出して、心臓の詰まった場所に血管を移植する手術が心臓のバイパス手術です(ウィキより)。
将来ゼオミンが心房細動の治療に使われる可能性もある
今回の研究結果からゼオミンが心臓手術後の心房細動の発作を抑える効果があることが示唆されました。さらにこのゼオミンを心房細動に使用する可能性も出ています。この研究の際に一年間の心房細動発生の時間を測定していました
一年間に心房細動が続く時間の割合もゼオミンを注射したグループでは明らかに減少していた
のです。気になる副作用ですが問題となるような症状はゼオミンを注射したグループでも見つかりませんでした。術後の心房細動の発作を抑えるだけでなく、一年間のトータルの心房細動発作の発生をもゼオミンが抑えることから、ひょっとしたら心房細動の治療にはゼオミンの注射って時代がくる可能性もでてきています。
しかし、よくこんな研究が許されたもんだ、さすが米国
ゼオミンなどのボツリヌストキシン製剤は猛毒である「ボツリヌス毒素」から抽出されます。ボツリヌス菌による食中毒はこのボツリヌス毒素によって起きる重篤な病気であり、破傷風の毒素より強力で「史上最高の毒素」とも言われています。
いくら美容皮膚科領域で経験値があるといっても、心臓手術の合併症である心房細動の予防にゼオミンを使用することを治療する側も治療を受ける側も了承したものだと感心します。もちろん倫理委員会の承諾も取り、治療を受ける患者さんの承諾もとっているのですけど、「なんでシワの治療薬を俺の心臓に注射するんだ❗」と思ったオッサンも多数出現したことが予想されます。心房細動自体それが原因で生命を脅かすものであるとは考えられていません。脳梗塞の原因の15パーセントが心房細動によることはわかっています(日本不整脈学会サイトより)。
薬物で抑えることの可能な心房細動の予防にゼオミンを使用した米国の医師および患者さんのチャレンジ精神に頭が下がります。
冠動脈のパイパス手術は日本ではステント治療の普及によって一時期減少傾向にありました。しかし、内視鏡下で行う方法や局所麻酔で行う方法が開発され再度増加傾向にあります。美容医療でボツリヌストキシン製剤を選択するときに将来ひょっとしたら心臓病の可能性があるかも、とお考えの方はゼオミンを使用した方がいいかもしれませんね。
◎シワ治療に使うボトックス・ボツリヌストキシン製剤の詳しい説明はこちら→ボトックス:シワの悩みに少量の注入でシワを消す治療