専門である泌尿器の注目されている分野が不妊治療です。不妊の場合、昔は原因は女性にあり、という非科学的な考えが中心でした。
現在では不妊の原因は女性側だけではなく、同じくらい男性側にもあることが知られています。少子化が叫ばえれている日本で出産は大イベントであり、国を挙げて子供を増やそうと工夫をしています。そんな時代の流れに敏感かつ情報に敏感な方は「ビールを飲みすぎると精子が減る」「習慣的なビールで不妊が増える」的な話をネットで目にしていませんか?
習慣的な3杯のビールが精子の質を悪くする⁉
習慣的な飲酒が不妊の原因という話の出処、なぜ悪者はビールなのか、そしてそれは本当のことなのか検討してみました。
オッサンの大好物ビールを庇ってみる
ビールは「まずはビールで」という感じでオッサン達は好む好まないに関わらず飲み会のはじめはビールで喉を潤すところから始まります。その後、好みの日本酒・ワイン・ウィスキーなんて感じで自分の嗜好に走るのですが、最初から「俺、熱燗で乾杯するは」とか「何年のどこどこのワインある?」なんて感じのオッサンは次回の飲み会からは誘われなくなります。延々とビールを飲み続ける人もいますが、「まずはビールで」は社会人における常識です。
ビールがあたかも不妊の原因であるかのような表現を取っているサイトがあり、違和感を覚えたので、そのビールが精子の質を下げるという論文を書いた人たちを探しました。そして見つけました❗
医療系の情報メディカルトリビューンが管理しているサイトでこの表現は⋯。
この話題のネタ元は「Habitual alcohol consumption associated with reduced semen quality and changes in reproductive hormones; a cross-sectional study among 1221 young Danish men」という題名でBMJに掲載されています(BMJ Open 2014;4:e005462 doi:10.1136)。「精液の減少と生殖ホルモンは習慣的な飲酒と関係がある」というような内容のタイトルです。
この論文はよくよく見るとデンマークの研究者によって行なわれたものです⋯デンマークとえばビール好きの人はカールスバーグ (Carlsberg) が思いつきます。このカールスバーグは世界シェアは第4位とされていますので、デンマークでもビールは人気の高いアルコール飲料なのではないかと思います。
実は以前からアルコール飲料と生殖機能の相関関係は論じらえていました。でも、アルコールが悪い、いやいやアルコールは悪くないよ、という感じで研究結果はタバコと肺がんの関係のようには明確になっていなかったのです。そこへ今回「アルコールが精子の数も減らすし、濃度も減らすし、正常の精子の数も減らす」というアルコール悪者説を前面に打ち出した論文が登場したというワケです。
飲酒と生殖能力、特に精子に対する影響
今回の研究対象は兵隊になる検査を受けたデンマークの男子18歳から28歳に精液を提出してもらい、血液検査などを行いました。飲酒に対しては質問票で回答してもらっています。
・過去一ヶ月に大量の飲酒をした人は64パーセント
この大量の飲酒はビールで言えば5缶(ビールの場合300ml1缶を1ユニットとして医学論文は使います)。45パーセントの人は2週にわたって同じような量を飲んでいたので習慣的に飲酒をしている、と断定してこの論文は検討に入っています。この大量の飲酒が習慣になっている人(週に40ユニット以上)は
・精子濃度が33パーセント減少
という結果が出たためにマスメディアが騒いでいるのが実態のようです。というのも
・習慣的な大量飲酒と精子の運動率(妊娠にはこの運動率が重要視されます)は関連なし
・習慣的な大量飲酒と精子量は関連なし
との結果になっていますので
習慣的な大量飲酒で精子の濃度が低下する
ということしかこの論文では判明していないのです。もちろん習慣的な飲酒によって精子の濃度、精子の数、奇形率に関連はあったのですが、これらの質が低下すること=不妊とは言えないのです。
妊娠するのに必要とされる男性側の条件
精液のWHOの基準値は以下のとおりです。
- 精液量 1.5ml以上
- 精子濃度 1ml中に1500万以上
- 総運動率 40%以上
- 精子奇形率 4%以下
この基準は年々ハードルが低くなっていて、昔の泌尿器の教科書は精子の数は5000万個以上となっていた記憶があります。現在の医学であれば理論的には精子は一個であっても妊娠を可能とさせるくらいに不妊治療は進化しています。
ということはこの程度の飲酒が不妊の原因となる、という主張は明らかに間違っています。
しかし、ネット上の話題ってセンセーショナルとうか、ネガティブというか、あまり前向きではない情報の方が多くの方が興味を持つ傾向があるように感じらえます。特に医学情報は最近は「何々したけりゃ、何々するな」的なタイトルのものが受けているようです。くれぐれもネット上に散見する情報だけではなく、できる限り一次情報に触れるような習慣を身に付けることが必要です。