アンジェリーナ・ジョリーの乳房切除が論議を呼んでいます。今回の件は実は医師の間でも賛否両論の大問題なのです。
欧米の報道では勇気ある行動と褒めたたえる論調が中心でしたが、時間がたってある程度詳細が分かってきた日本での報道は彼女の勇気をたたえるものだけでなく、否定とは言いませんが「感心できないな、もう少し慎重でいいのでは」的な論調も出ています。
報道された時点で私も2つのブログを書きましたが、ある程度情報が解ってきたので再度、この問題を検討してみました。
先進国の中では日本における乳がんの死亡者は増えている
BRCA1という遺伝子は人種によって持っている人に差があるのは間違いありませんが、日本でも予防的な切除に対しての考えに対する論議が活発になってきています。因みに日本人とアメリカ人の間でこの遺伝子が見つかる率にはあまり差はない、とされています。
予防的な乳房切除手術賛成派の意見
乳がんの予防で乳腺を切除すると、当然乳がんになるリスクは減少しますが、どのくらい減少させらるのでしょうか?ある論文によると90パーセント減らせるということになっています。しかし、残りの10パーセントは切除をしても残念ながら乳がんが発生してしまう可能性を残します。
↑この研究は実は6.4年しか追跡していませんでした↑
これらのデータは前向きの研究と呼ばれる方法で行われています。前向きの研究とは過去に治療をした人のデータを後から整理して分析するものではなく、乳がんの予防切除をした人をその後数年にわたって追跡調査するものですので、データとしては非常に確実なものとされています。
また、乳房の再建手術主に乳腺外科医と形成外科医の努力によって美容面ではあまり問題が起こらない状態まで持っていくことが可能になっています。つまり、手術後の見た目はあまり気にしないでも大丈夫ですよ、ということです。そうなると積極派の外科医は見ためのデメリットを強調しないで患者さんに手術を薦めることが可能となります。
一つここで大きな前提条件をクリアしていないと、このような手術の対象にはなりません。BRCA1という遺伝子を持っているということです。欧米人の乳がん発症率は12パーセントといわれています。BRCA1という遺伝子を持っていると発症率は5倍になります。
つまり、最低でも60パーセントの方は将来、乳がんになってしまうということです。
今回のアンジェリーナ・ジョリーの場合は87パーセントの確率で乳がんになると報道されていましたが、この87パーセントという数字は報告されているデータの中では一番確率が高いものです。60パーセントから87パーセント将来乳がんを発症すると考えていた方がこの問題を考えていく場合の一つのポイントとなりますので、頭の片隅に入れといてください。
予防的な乳房切除手術反対派の考え方
今回の予防的手術に対しての乳房切除の長期的な効果がハッキリしていないとういう大問題が存在する上記の賛成派の人が持ち出すデータは実は追跡期間が5年程度のものが多いのです。乳がんはほかのがんより間隔をあけてからの再発が多く見られる傾向があるため、手術をしても少なくても10年はフォローアップするべき病気なのです。もしも追跡が長期に渡った場合、発症リスクは変わらなかったなどという残念が研究結果が出る可能性があるのです。
このデータでは手術した方がハッキリと優位性があります
また、有名女優が率先した治療ですので、女性にとっては影響力大です。ブームに載せられて遺伝子検査を希望する方が急増する可能性もありますし、中には問題となる遺伝子がないのに乳腺切除を希望する方が出現するかもしれません。
さらに乳がんの治療はどんどん切除する範囲を小さくしていく傾向がありますが、早期の乳がんであっても全摘を希望するなど必要以上の治療が要求された場合の医師の判断もかなり悩ましいことになることが予想されます。
当然手術には合併症のリスクもありますので、その当たりは医師はもちろんのこと、患者さんも統計学・確率論、医学では疫学と呼ばれますが十分に勉強をして考える必要があります。
さらにがんが発症したからといって全員が死に至るわけでもありません。がんになっても近年は確実に生存率が高まっています。
私の個人的感想
はじめこの報道を知ったときは勇気のある正しい選択と考えました。しかし、一部の外国の友人からは「お金持ちだからできた選択」という冷ややかな意見があったのも事実です。
報道直後は情報が少ないせいで、出来の悪いブログも書いてしまいました。アメリカでは片方に乳がんが発見され、さらにBRCA1の遺伝子があった場合は、残った乳房の切除は保険でカバーできるらしいです(アメリカの保険は保険会社の判断による部分が大きいので全例が適応されるかは不明です)。
日本でもがん研と聖路加その他複数の施設がこの手術を検討しているとの報道もありましたが、保険適用されるのか?されないのか?はハッキリした情報がありません。しかし、少なくとも遺伝子検査は保険対象外ですので、「お金持ちだからできた選択」という声が日本でも出てくる可能性があり心配です。
BRCA1の遺伝子を見つける方法は上記のMYRIAD社というアメリカの会社が特許を持っている為、現時点では非常に高額となっています。(特許に付いては現在裁判中です)
癌研や聖路加などの施設で確実なデータを取りながら前向きの研究を計画して少なくとも10年後の発表が待たれますが、現実に何かのきっかけでBRCA1を持っていることを知ってしまった患者さんへの救済手段を早急に考えないといけない事態であることを医師は自覚しないといけないと断言します。(日米で遺伝子を持っている人にはあまり差がない、とされていますので)
実はアンジェリーナ・ジョリーの手術の後に英国で前立腺がんの発症遺伝子をもった男性が世界で初めて予防的に前立腺がんを摘出したことが報道されました。論文というものは早くても数か月たたないと掲載されませんので、当院の標榜科目である泌尿器科では今後の対応策を至急検討しなくてはなりません。
しかし、この遺伝子を持っている人は非常に少ないと考えられていますし、前立腺がんの場合は乳がんほど遺伝子によって癌が引き起こされる確率が高くないことが解っていますので、切除する方法が積極的に選択される可能性は低いと考えています。