女優のアンジェリーナ・ジョリーが将来乳がんになる確率が86%あるために、乳腺を取り除く手術をしたという報道で賑わっています。
ただ単に過激な予防策として報道されています。また、非常に賢明な選択と称賛する声もあります。でも、たぶんほとんどの方が違和感を持ったのではないでしょうか?
乳がん予防のための、乳腺切除とは
乳がんの予防手術とは聞きなれない治療です。みなさんが考えるような乳房を全て取り除くことは行っていないと予想します。現在、万が一乳がんになっても乳腺外科医の努力によって出来る限り乳房を温存しようという動きがあります。
以前は転移を恐れるあまりに必要以上の範囲を取り除く手術が行われていた反省も影響しています。今回の手術はがん細胞が発生する乳腺のみを取り除き、空洞になったところにはシリコンバッグをいれて、外見上は正常の乳房と違いがないような治療を行ったことが予想されます。では彼女の選択は果たして正しいのでしょうか?
乳がんによる死亡と不慮の事故による死亡の比較
交通事故や溺死などを不慮の事故死と呼びます。日本では不慮の事故で毎年約4万人の方がなくなっています。男女差は男性の方がやや多い傾向があります。一方乳がんでなくなる女性は毎年どのくらいになっているのでしょうか?
乳がんは他のがんと比べて再発の可能性がある期間が長いとされていますが、生存率はどんどん向上しています
定期検診の施行やマンモグラフィーによる検査のおかげと思われます。昔のように乳がんが疑われて手術をしたが、結局はがんは無かったということは避けるように、現在では慎重に手術は選択されています。しかし、残念ながら毎年一万人の方が亡くなっています。
ここで非常にざっくりで統計学的には問題のある計算をしてみます。
女性の人口を6000万人と仮定すると
・不慮の事故で亡くなる女性は年間2万人
・乳がんで亡くなる女性は1万人
つまり、不慮の事故で亡くなる方の方が多いのです。厳密には不慮の事故は赤ん坊からお年寄りまでが、含まれますので、乳がんになりやすい年代である40歳以上に限ってい見ると不慮の事故死に近づく傾向になります。
しかし、乳がんを発症する方は多くても、医学治療の進歩によって死亡率は減少していますし、検診によって早期発見が可能ですのでさらに死亡率が減少することが予想されます。
このようにアメリカでは住民ボランティアを活用して安く乳がんのスクリーニングが出来るように力を入れています。
予防的切除で乳がんのリスクは避けたが、麻酔のリスクも考えなきゃね
統計学的には乳がんのリスクを乳腺の切除にってよって避けることは意味のあることかもしれません。
特に母親が若年性乳がんである場合、BRCA1/2という遺伝子を調べることは有意義です
その場合、残念ながら乳腺を切除することも予防的な観点からは正しい選択肢の一つとして考えられます。
ところでざっくりですが、全身麻酔によって起こる死亡率は約10万人に一人です。また重大な事故が起こる確率は心停止が10万人に5人、重篤な血圧低下が10万人に10人、低酸素状態になる方が10万人に20人発生する確率になっています。つまり、10万人が全身麻酔をかけた手術を行うと死亡者が一人、何かしらの後遺症を残す可能性があるトラブルに見舞われる方が35人発生します。つまり、日本人の女性すべてが麻酔下で手術をしたばあい
・6000万人÷10万人で600人の方が亡くなります
・6000万人×35人÷10万人で21000人の方が重篤な麻酔事故に見舞われます。
乳がんで亡くなる方を大幅に上回ってしまいました。
乳腺の完全な摘出術は全身麻酔が必要です。このようなリスクを冒してまで、乳がんのリスクを避ける手術は少なくとも日本の医学界の現状では倫理上許されないと思います。 (前述の若年性乳がんの場合は除きます)
今回の試算は正しい統計処理ではありませんが、今回の海外女優の手術をきっかけに安易に乳腺除去術を希望する方が日本で増加しないことを願って、感覚的に違和感を持った方の判断が正しいことを主張したかったのです。実際に複雑な統計学的処理をしても、彼女の選択は乳がんのリスクは低めましたが、他の原因で死亡するリスクは高める結果にもなるのですが⋯。
できれば統計学者によって今回の女優の選択の正否を計算してもらいたいです。