「妊娠加算」という妊婦さんの外来受診時の負担が増える制度の問題点。

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保険診療における料金体系の仕組みはそれはそれは複雑で、今ではほとんどの医療機関がレセコンという診療報酬明細書を作成するソフトに頼りっきりです。

私が開業した当時は所属する医師会員の半数以上がベテラン医療事務のオバサマの手計算に頼っていましたが、今ではそんな伝統技術は消え去ったようです。

「妊娠加算」という仕組みが今年から保険診療でできたけど、それを巡る議論が勃発❗

よく患者さんからある質問として「この病気で受診したらいくらになりますか?」なんてのがあります。検査は処方する薬によって患者さんが窓口で負担する診察料は大きく違ってきますが、具体的に「この検査とこの薬を処方されたら窓口でいくら負担しなければいけませんか?」と質問されても明確な数字を返答できる医師は少ないと思われます。

今、「妊娠加算」料を巡る意見がSNS上で燃え上がっています

この妊娠加算という仕組みは医師側にとっては収入増、となるので当然患者さん側からすると支出増となります。保険医療法や保険医療機関及び保険医療養担当規則という法律によって保険診療にかかる費用(診療報酬)は決められています。2018年4月に診療報酬の改定があり

妊婦さんが外来を受診した時に妊娠加算という診療報酬が上乗せされることになりました

具体的に加算される診療報酬は初診時は75点、再診時は38点であり金額的には750円と380円、一般的に患者さんが保険診察を受けた時に窓口で支払うお金は3割となので、妊婦さんの場合は医療機関を受診する時に初診時に230円、再診時に110円負担が増えることになります。

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http://blog.esuteru.com/archives/9186148.html

患者さん側からの声として「知らない間に窓口負担が増えた❗」であり、医師側からは「たかが数百円程度でガタガタ言うなら❗」なんて意見も混じり込むから当然のこととして議論というか、論争というか罵り合いがSNSで散見されることになっているようです。

この妊婦加算が採用された理由として様々の事情があるとは思うのですが、臨床上特に妊娠している方に対して慎重になってしまうのが薬の処方です。

なぜ妊婦加算が採用されたのか、その理由はこれらです

妊婦さんへの検査や処方をする場合は一般の方より慎重になってしまいます。母体の安全という面もありますが、万が一お腹の赤ちゃんに悪影響があったら、と考えるといくら文献で副作用はまず無いとされている薬であっても、もしものことがあったらどうしよう的に普段は強気な私でも躊躇することが少なくありません。

今年になって妊娠加算が診療報酬にオンされた理由として産婦人科以外の医師が妊婦さんへの処方を行う場合に手間暇がかかるからその手間賃的なニュアンスが一つとして挙げられます。

お役所的な表現としては、妊婦さんへの積極的な治療・処方を控えている医師は今後しっかり勉強してください、だから手間賃ね

ってことかもしれません。

必要以上に薬の副作用を恐る患者さんの対応に閉口している医師や薬剤師さんも多いことと思われます。何パーセントの確率でこんな副作用が出る可能性があると説明しても「まさか自分はこの低い副作用が出るはずないや」と解釈する人もいまし「先生、それって副作用が出る確率がゼロってことではないのですよね、私はもともと薬はあんまり好きじゃないほうで⋯」なんてことをいう方もいらっしゃいます。必要と思われる薬を処方する場合、できる限り飲んでいただけるように解説している私ですが

妊婦さんへの処方の場合、めちゃ弱気になってしまうことが多いです

私が弱気になってしまう理由の一つとして、薬を服用したことによって流産や障害を持ってくる赤ちゃんが生まれるかもしれないからですし、ご自身とお腹の赤ちゃんのこと故にに必要以上に副作用を気にされる妊婦さんが多いからです(当たり前ですけど)。

ここで万が一ということを考えて参考文献を本棚から取り出したり、ネット上の副作用情報を検索したりして、一般の方への処方で注意する以上に妊婦さんへの対応は慎重になります。全く副作用がない薬はないですし、多くの薬が安心して妊婦さんに処方できるとしても、それはそれは慎重になってしまいます。薬が原因でないとしても流産したら「あの時にあの薬を飲んだことが原因かも」と思いますし、

もしも障害を持った赤ちゃんが生まれてきた場合、薬の副作用でないことが明らかであったとしてもお母さんは一生自分を責めるかもしれません

そうなると当然処方した側の医師も因果関係が無いと頭でわかっていても

あの時、あの薬を処方しなかった方が良かったかも

と感じないわけではないと考えます。となると一般の方への処方よりは慎重になり、弱気になっている医師も多いことが予想されますので、妊婦さんを診察したら妊娠加算をいただけることになった可能性もあります。

妊婦さんへの診察や処方が必要な場合、医師の中には「それは産婦人科医に相談してください」とやんわり断っている方もいらっしゃると耳にします。これではただでさえ負担が増えている婦人科医、特に産科医師の負担が増えてしまいます。そのために妊婦加算が制度化された理由の一つでもあるはずです。

妊婦さんに薬を処方するとこんなことが発生します

出産を控えて不安でしかたない妊婦さんが頼りにする情報源の一つとしてネット情報が挙げられます。中にはなんで医師に聞かないで素人の意見を求めるのか不思議な構成によって成り立っているサイトもあります。例えばある薬を「この薬は妊婦さんに対して処方が禁忌になっていません」と説明して処方しても、自宅に帰ってからネットで検索する方も少なくありません。その検索結果が医師側の伝えた内容と違っている場合の選択肢は二つ。

  1. 処方された薬を飲まない
  2. ネットで副作用がある、って書かれていたと医療機関に相談する

まあ、なかには妊婦さんへの処方が危険と言われている薬をこの医者は処方しやがった的に口コミサイトに書き込む方もいるかもしれませんが、これは例外としますね。1の場合は医療費の無駄使いにつながりますし、2の場合は問い合わせに対応することで、医師や薬剤師さんサイドとしては手間がかかってしまいます。そんなことが起きないように、処方するに当たって今まで以上に懇切丁寧に説明することに対する報酬として妊婦加算が採用されたとも判断することができます。

私が妊婦さんに薬を処方する時に参考にしている情報源はこれ

私が妊婦さんへの処方をする時に手元にある薬の副作用情報や「妊娠または妊娠している可能性のある婦人に禁忌の主な医薬品リスト」以外に使用するのがネット検索です。検索するキーワードによって検索結果が違ってきてしまうと、信頼度の高いサイトにたどり着いてしまうのでのそれなりのテクニックが必要となります。

例えば膀胱炎の特効薬として泌尿器専門外の医師が処方しがちな抗菌薬のクラビット、これを「クラビット 妊娠中」とのキーワードで検索すると⋯妊娠中の使用は控えた方が良い、と記されたサイトが上位表示されると思います。一番信頼性のあるサイトとしては「クラビット 添付文書」のキーワードで上位表示されるはずの「独立行政法人 医薬品医療機器総合機構」のPMDA(Pharmaceuticals and Medical Devices Agency)だと考えています。ここをクリックすると「妊婦、産婦、授乳婦等への投与」との項目があり、

妊婦又は妊娠している可能性のある婦人には投与しないこと。[妊娠中の投与に関する安全性は確立していない。]

と書かれていることがわかります。つまり妊婦さんへのクラビットの投与はしてはいけないとの結論になりますし、禁忌(してはいけないこと)にもクラビットは当てはまります。

本来ならばこれらの副作用は臨床実験によって明らかにされるべきだと思う方もいるかもしれません。しかし、クラビットを処方する治験を妊婦さんに行うことは倫理的に許されません。

妊婦さんが服用しても100パーセント副作用が無い、と言い切れる薬ってあるの?

抗菌薬として多分誰でも一回くらいは処方された経験があると思われる「フロモックス」の場合はどうでしょうか?妊婦,産婦,授乳婦等への投与の項目では

妊婦又は妊娠している可能性のある婦人には,治療上の有益性が危険性を上回ると判断される場合にのみ投与すること。[妊娠中の投与に関する安全性は確立していない。また,妊娠後期にピボキシル基を有する抗生物質を投与された妊婦と,その出生児において低カルニチン血症の発現が報告されている。]

となっています。治療上の有益性が危険性を上回る場合に処方するべきであるのは全ての薬に対しても当然のことです。

処方しようと思っても「妊娠中の安全性は確立されていない」と書かれていると医師はもちろん服用する側に妊婦さんも躊躇するのではないでしょうか?

ちなみに多くの産婦人科医は妊娠時期にもよりますが、フロモックスは妊娠時に処方しても安全であるとのコモンセンスが得られているようです(泌尿器科医的には耐性を示す場合がしばしばあるので困りもの)。

このように妊婦さんを診察する場合、特に処方が必要な場合は慎重に慎重を重ねているのです、だから妊婦加算をいただけるような仕組みになっていると解釈できますが⋯初診時に妊婦加算をいただくことはそれなりに理解できないワケではないのですが

再診時に同じ病気に対して診察する時も徴収するのは若干抵抗があります

再診時に同じ薬を処方された場合に妊娠加算を妊婦さんに理解していただくのは難易度が高いと思われます。

ここで提案です。この妊婦加算ですが、医療機関には今の点数が妥当かどうかの議論はおいといてそのまま支払いつつ、妊婦さん側の負担をゼロにすることは不可能なのでしょうか?少子化が大問題となっているのですから、それぐらいの費用は無駄な検査や無駄な処方をバンバン削れば捻出できると考えるのですが、医療経済学の専門家のみなさん、ぜひ研究していただけたら幸いに存じます。

著者プロフィール

桑満おさむ(医師)


このブログ記事を書いた医師:桑満おさむ(Osamu Kuwamitsu, M.D.)

1986年横浜市立大学医学部卒業後、同大医学部病院泌尿器科勤務を経て、1997年に東京都目黒区に五本木クリニックを開院。

医学情報を、難解な医学論文をエビデンスとしつつも誰にでもわかるようにやさしく紹介していきます。

桑満おさむ医師のプロフィール詳細

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