長い間、世界中で論争が続いていた前立腺がん検診の有効性。
わかりやすく言えば、前立腺がん検診をすることで、死亡率が下がるか否かが問題とされていました。厚生労働省はPSA(前立腺特異抗原という腫瘍マーカー)を使った検診は無駄である、意味がないという考え方。
一方、日本泌尿器科学会は前立腺がん検診は有効である、との論陣をはっていました。まあ、このような対立を利権とか既得権とか陰謀ガーって考える人はこれ以上読まないで結構です(キッパリ)。
本記事の内容
前立腺がんの検診に使用されるPSA検診は有効だよ❗
この対立の図式は世界規模でも起きていて、米国は前立腺がん検診は死亡率を下げないから無駄である、一方のヨーロッパは前立腺がん検診は有効であり、死亡率を低下させるとの考えが主流でした。前立腺がん検診肯定派VS前立腺がん検診否定派の論争に幕が下されたようです。結果的に
前立腺がん検診は死亡率を低下させるために有効である派の勝ち❗
という決定的な研究論文が発表されたのです(まあ、時間がたつのこれに対する反論もでてくる可能性はありますけど)。患者さんに「私たち素人はなにを信じればいいのですか?」と言われた経験がある医師も多いのでないでしょうか?
アステラス製薬は前立腺がん治療薬で大儲けしているじゃん、って考える人もいるでしょうけど、一番見やすいグラフだから引用しただけだよ。
前立腺がんと診断される人は急上昇していますが、高齢化の影響とPSAという検査法の登場により早期発見が可能になったことが大きく影響していると考えられます。
今回の前立腺がん検診有効説について、私自身の頭の中を整理するつもりで、できるだけわかりやすく説明していきますね。
血液検査でわかる前立腺がん、この感度が高すぎることがそもそも問題でした
腫瘍マーカーというものがあります。腫瘍マーカーはがんの早期発見に役立ちますが、前立腺がんのマーカーであるPSA(Prostate Specific Antigen 前立腺特異抗原)は他の腫瘍マーカーと比較して、抜群に感度が高いのです。また、他の臓器のがんでこのPSAが高くなることはないので、PSAが基準値をこえた場合、かなりの確率で「前立腺がんがあるぞ」ということがわかります。しかし、前立腺がんはかなりのんびり屋さんのがんの為に、進行するには長い時間がかかります。前立腺がんがありながら他の病気で亡くなる方も多くいるくらいなのです。あまりにも感度が高いPSAの場合、過剰治療という問題が発生してきます。前立腺がんに罹患しても死因とならない可能性があるのに、手術をしてしまうとその合併症でその後の人生を台無しにしてしまうこともありますし、最悪の場合は手術が原因となって合併症によって死亡する可能性も皆無ではありません。
じゃあ、そんなに敏感で過剰診断・過剰治療の温床になるPSAを使ったがん検診なんて止めちまえ❗との意見がでてくるのは仕方ありません。でも、それに対して「前立腺がんの自覚症状が出てからでは、全身にがんが転移しているかもしれないぞ」との反論も当然出てきます。前立腺がんってなかなか自覚症状が出ないという嫌な特徴もあるのです。
私も医師会のがん検診委員とかがん検診委員長なんて役職だった時代に目黒区でもがん検診の一つとしてPSAによる前立腺がん検診を行った時期があったのですが⋯PSA検診無効論が主流になってしまったので、フェードアウトしてしまいました。
そういえば近藤誠医師は前立腺がんなんか放置しておけ❗って書籍で書いていましたね⋯・前立腺がんは放置しよう❗近藤誠理論は大正解??ってワケないぞ❗
米国の前立腺がん検診否定派のデータに問題が見つかった❗
今回、「前立腺がん検診」有効、有効じゃない論争に幕、なんて派手なタイトルをつけた根拠はこんな研究結果が公表されたからです。「Reconciling the Effects of Screening on Prostate Cancer Mortality in the ERSPC and PLCO Trials」とタイトルで発表されました(Annals of internal medicine. 2017 Sep 05; doi: 10.7326/M16-2586。
ERSPC(正式名称はEuropean Randomized Study of Screening for Prostate Cancer)が欧州の研究、そして PLCO(正式名称はProstate, Lung, Colorectal, and Ovarian)が米国の研究であり、もともと相反する結果になっていてPSA検診の賛否が問題になっていました。米国側の研究である
PLCOにおいては検診を受けなければならない人が受けていなかったり、PSA検診を受けていない人が実は他の理由でPSAを測定していたことが判明したのです。
それによって米国のPLCOは信頼度が低くなっていると考えられたために、PSA検診が有効であるとの論陣を張っていたERSPCの評価が高くなったということになったのです。つまり、現時点ではPSAを検診として行うことは前立腺がんでの死亡率を下げる⋯がん検診として有効である、と判断できるのです。
まあ、週刊文春は以前前立腺がん検診なんか受けるな❗って記事を掲載していましたがどうするんでしょうかね?⋯文春砲「受けてはいけない検診・検査 前立腺がん」編は間違いだよ⁉
この研究の概要はAmerican College of Physiciansで見ることができます。
日本泌尿器科学会の公式表明が正しかった❗
前立腺がんの早期発見のためのPSA検診は意味がない、と表明していた厚生労働省と日本泌尿器科学会の意見は対立していました。European Randomized Study of Screening for Prostate Cancer (ERSPC) においての有効性を主張していましたが、さらにスウェーデンのRCTの結果である44%の死亡率低下効果に注目して、PSAによる前立腺がん検診の有効性を声高々に主張してきたのですけど⋯一般の方はまず目にすることは無いでしょうねえ(涙)。
さらに今回データが杜撰との指摘を受けたPLCOに対しても、2011年2月10日時点で
分析手法の科学的妥当性自体が疑問視されていた米国のProstate, Lung, Colorectal, and Ovarian (PLCO) 研究でしたが、登録症例の併存疾患の重症度によって2群に分け、また研究の大きな問題点の一つとされていた研究登録前のPSA検診受診歴などを補正した再解析が2010年11月のJournal of Clinical Oncologyオンライン版に発表されました
と表明しています(日本泌尿器科学会 一般の方向け「PSA検査を用いた前立腺がん検診に関する見解」より⋯これも一般の方はまず目にしないだろうなあ)。
なんで賛否両論がでるのか、その鍵は陰謀ガー??
自分に不都合な結果がでると「陰謀だあ❗」って騒ぐ人がいますよね。まあ、そんな人ほど根拠なき陰謀論信者だったりするのが一般的なんですけどね。泌尿器科学会がPSA検診を推進すると既得権だの利権だの騒ぐ人が私の所属する医師会内でも若干いました。
でもさあー、じゃあなんでヨーロッパでは前立腺がん検診を推奨して、米国では否定するの?
この対立の図式はあくまで研究における意見の相違であって、どっかの巨大製薬メーカーがバックについているとか、ロックフェラーの陰謀だとか、ロスチャイルドの巨大利権だ、とかの意見は全く意味なし。世界的な陰謀を考えている巨大な力のある組織があるのなら、両者の意見くらい一緒にできるでしょうよ。
厚生労働省に対して、前立腺がんの早期発見によってがん死が減り、かつ将来的な医療費の削減に繋がることを医療経済的に説明することができるのであれば、PSAによる前立腺がん検診は速攻で採用されると考えます。医療統計や医療経済の専門家の方、ぜひお力添えをお願いいたします。